がぶり、というには優しすぎる感触で、それでも確かにやわく痛い。
指先や首筋、耳に鼻先。それから腕、たまに脚。

「先輩」
「んんー?」
「起きてたんですね」
「んー」

はじめは触れるだけのくちびるに低く声をあげて笑っていた虎徹だったが、バーナビーが噛みつき出してからも、かわらずに鷹揚とした笑みをうかべて目をつむって、好きなようにさせていた。

動物のように、あたたかく血の通った、弾力のある肉を甘く噛む。食いちぎりたいわけではなく、ただ、いとおしく慕わしく、そこにあるものを愛しむための行為。

口の中に含んで脈打つ肉が、たまらなく幸せであたたかな気持ちをわきおこすのが不思議で、やめられないとバーナビーはおもう。

指先を咥えて、そうっと歯で挟む。爪と肉の境目を舌でなぞりながら、少しずつ力を加える。痛くない?もう少し強くしてもいい?とでも言うようにこちらを伺いながら、それでも好き勝手にかじり散らすバーナビーを、子犬みたいだなあと思いながら虎徹はながめる。眉がひくりと痛みで動くと、直ぐに止めて噛み跡をそっと舐めて、こちらを悲し気な目で見上げてくるところも、また。

「なあバニー」

よびかけると、今度は手首をためつすがめつ、どこに食いつこうかと思案していたらしい緑の目がこちらを向く。
いつからだろう、バニーじゃないと噛み付いてくるのをやめたのは、とぼんやり違うことを考えながら、向き合っていた肩に頭をぶつける。

なあおいバニー、バーナビー。なにをそんなにさみしがるんだい、かわいいぼうや。

「これ、とらねえ?」
「……いや、です」

ちり、と優しく軽い音で、細い銀色の鎖が鳴る。能力なんか発動しなくたって、大の男が本気をだせば簡単に千切れるだろう華奢な拘束。それでも虎徹はおとなしく、手を繋がれたままでいる。
これを千切って逃げ出すのはきっと、自分ではない。
柔らかく笑んでいたのを不意に頑なにした、泣く寸前の子供の顔をしたこの男だ。

「俺は逃げないさ、バーナビー」

でも、と吐き出す息に載せて呟いて、胸にあたまを擦り付けてくる。金色のさらさらとした髪が肌を撫でる、優しい感触が愛しい。

「みんな、僕の手の届かない所に行ってしまうんです」

だったら、手の中にいれて、しまって置いたらいいでしょう?と呟く声が痛いほど弱々しいのに、虎徹は自分自身の鼻の奥がつんとするのを感じた。

喪失に怯えて囲い込もうとする癖に、わかりやすすぎる逃げ道を示しておいて、みないつか必ず失うことを理解しているのに抗って。
ばかばかしくもいとおしい、矛盾だらけの優しい男。

「なんでお前が泣くのよ」
「泣いてなんか、ないですよ」

ちりちり、右耳の横で鎖が鳴くのを、鉛を飲んだような気持ちでバーナビーは聴く。驚き、騒ぎはしたけれど、大人しく繋がれたまま、普段通りに触れてくる優しいひと。
暖かくて節の立った掌が、髪をなでて背をあやして、それから顎をやわくつかんで上向かせるのに、静かに従う。
目ェ赤くしてこのうさちゃんめ、と笑う口元にぶつかるようにキスをして、埋めた肩に思い切り歯を立てる。
痛った!と上がった声に満足して、あかく歯型のついたそこを、そっとなぞって息を吐いた。





雀の子





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