※映画時空




────天下分け目の関ヶ原から、一年が経つ。季節は巡り、夏がもうすぐ終わろうとしていた。

「家康殿っ、家康殿っ」

幸村は家康の私室の障子を開ける。本を読んでいたらしく、書見台から顔を上げると家康は首を傾げた。

「どうした?」

「政宗殿から書状と……あと、長曾我部殿が明日江戸に来られるとのことにござる」

「元親が?それは嬉しいなぁ……独眼竜からの書状も。ありがとうな、真田」

政宗からの書状を受け取ると、家康は幸村の頭をぽんぽんと撫でた。途端に頬が熱くなるのが分かり、幸村は慌てて俯く。

「そうだ、城下に美味しい甘味屋があるんだがな、今日は特に仕事もないし……お前も暇なら一緒に行きたいと思うんだが」

「甘味屋っ!?ぜっ、是非……!」

思わず幸村は勢いよく顔を上げて、まだ顔が熱いままなことに気づく。家康はそんな幸村を見て「そんなに興奮するなよ」と笑うので、うまく勘違いしてくれたようで幸村は内心ほっとする。


関ヶ原が終結後、名実ともに天下人となったのは家康であった。
家康は三河を離れ江戸に幕府を開き、様々な制度を作るなどしたが、戦で荒れた日ノ本を整えるのには膨大な数の人の力を必要とした。家康にもとより仕えていた家臣達をはじめ、家康は全国の大名に協力を要請、日ノ本は少しずつ戦を忘れ、平和に向かいつつある。その中でも家康に自ら志願し、一番近くで家康の将軍職の補佐をしているのが、幸村だ。
関ヶ原の少し前、川中島で幸村は家康の抱く想いと決意を聞いた。幸村もそれに賛同し、それと同時に家康を信頼する心も芽生えたのである。関ヶ原が終結し家康が天下人と固まりつつある頃に、彼は幸村のもとにやって来た。関ヶ原にて協力してくれてありがとう、そしてワシが天下人になるからには幕府を開こうと思う。そんな旨を家康は話した。

「協力して貰ったからには、お礼と報告くらいしようと思って……それだけだから、」

「っ……家康殿……っ!」

「なんだ?」

「その……某っ、家康殿のお側でっ、補佐を……させて頂きたい……っ」

幸村がそう言うと、家康は目を丸くさせた。

「え……わ、ワシは構わない……でも、それでは……」

「戦無き今、一番槍の某が居なくとも甲斐は安泰にござるゆえ……寂しい思いこそ、させてしまうかもしれませぬが……」

「……そうか……それなら、こちらからも是非お願いしたいな。真田が居れば安心出来る」

そう言って家康は笑う。たまには里帰りくらいしていいからな、なんて付け加えて。



「って言ったのに、お前は全然甲斐に戻ったりしないな」

わらび餅を頬張りながら家康は呟いた。その隣で幸村は山盛りにされた三色団子をまたひとつ手に取って返す。

「ときどき手紙は貰っておりまするし……家康殿と一緒に居る方が落ち着けて」

「……お前と信玄公の殴り合い、結構好きだったんだが……」

「某も楽しかったのは確かでござるが……運が悪いと骨を折りまするゆえ、あれは」

「そうか……そうだよなぁ、信玄公の拳だし。城の三階まで吹っ飛ばされたって話は三河まで届いたぞ?」

「な……そ、そんな話まで……!?はっ……恥ずかしゅうござる……」

「ふふっ、甲斐楽しそうだなぁとは思ったぞ。あ、それより真田、団子一本貰っていいか?」

「勿論にござる!」

家康は幸村の団子の山からひとつ取ると、ここの団子は美味いだろう、と幸村に聞いてくる。えぇ、と幸村が返すと、彼はまた笑った。

「良かった、ここ行きつけでな。お前が気に入ってくれて嬉しいよ」

「……また一緒に行っても……?」

「あぁ。他にも幾つかあるから、今度はそこも行ってみようか」

ニコニコとして家康は団子を頬張る。幸村も同じように団子を頬張って、同時にさり気なく家康から目を逸らして俯いた。

────恋心を抱き始めたのはいつ頃だったのだろう。
家康のそばに常に居るうち、いつの間にか家康に抱いていた信頼が違うものに変わっていることは分かっていた。でも恋などしたことのなかった幸村はその正体が分からずもやもやとしたままでいて、甲斐から佐助が書状を届けに来てくれた際に尋ねると、心底驚いた顔をして「恋だよ、それ」と返されたのだった。それからというもの家康という人をずいぶん意識してしまい、正直赤らむ顔を抑えて普通に話すのも大変なことだ。なるべく悟られないように振舞ってはいるが、気づいているのかいないのか家康は他の人と比べて幸村にはかなり親密なスキンシップを取ってくる。

「真田?どうした?食べ過ぎて気持ち悪くなったか?」

「へっ、あっ、いえっ……!そんなことは全然っ」

「それなら良かった。……ついてる」

そう言うと家康はそっと手を伸ばす。食べかすでも付いているのだろう、指で取ってくれるかと思うとそうではないのが家康だ。家康は伸ばした手を幸村の後頭部に回し、そのままぐっと引き寄せて、家康は唇でそれを取る。

「少し落ち着いて食べないと、喉に詰まるぞ?」

「〜〜〜っっ……!!」

今唇は触れたような、触れてないような。触れていたらこれは口付けになるのでは。そんなことで思考がいっぱいに埋め尽くされて、幸村は何も言えなくなる。
……こんなことを当たり前にさらっとこなしてくる家康に、幸村の期待は膨らむばかりだった。



城に戻り、家康と別れると、さっそくすれ違った一人に呼び止められた。

「幸村殿、夕餉と風呂を済ませた後、少々お時間宜しいか?」

「え?あぁ、某なら空いておりまするぞ。何かあるのでござるか?」

「今は詳細を話せませぬが……幸村殿のお力無くしては出来ぬことに御座いまする。忠勝殿の部屋にまで来て頂きたい」

「了解にござる!それでは」

そう言って幸村が去っていく背を見送り、彼はふっとほくそ笑んだ。

───

「っひ……ぅうっ……」

子の刻を回る頃、幸村は真っ暗な廊下を一人、枕を抱えて歩いていた。かこんっ、と庭の鹿威しが音を立てて、思わず肩が跳ねる。
言われた通り忠勝の部屋に行くと、そこで行われていたのは夏の終わりだからと開催された百物語であった。彼らは怪談が苦手な幸村を盛り上げ役のような位置に置いたのである。そんなわけで数時間たっぷりと怪談を聞かされた幸村は自室で一人眠るのが怖く、家康の部屋に向かっていた。
家康の部屋に着くとまだ起きているのか明かりがついている。家康殿、と声を掛けて、幸村は障子を開けた。

「真田。どうしたんだ、こんな夜中に」

ちょうど作業を終えて床に入るところだったらしい。枕を抱える幸村に家康は近寄った。

「っう……ひゃっ、百物語……をっ、されてっ……こっ、怖くてぇっ……」

「……あぁ、なるほど……それで一緒に寝て欲しいってことか。それなら、ほら。ちょっと狭くはなるが」

「っかたじけない……っ」

家康は自分の枕を横にずらして、幸村の枕をその隣に置いた。二人で夜着に入ると家康は幸村の脇に手を回し、頭を撫でてくれる。

「あとでちゃんと言っておくから、そう怖がるなって」

「ぅ……でもぉっ……」

「おばけも何も居ないから。な?怖くない。ワシが一緒に寝てるから、誰もお前を怖い目に遭わせたりしないぞ?」

「ぅ……んっ、んぅ……」

家康が頭を撫でるのをやめて、そっと優しく抱きしめてくれる。急に距離が縮まって、思わず心臓がどきどきと鳴ってしまう。

「……夜中に来るから驚いたよ」

「ぁ……もっ、申し訳ないっ……有事かと思わせてしまってっ……」

「そうじゃなくて、その……お前、だから」

「某、だから……?」

「……夜伽かと思った」

「よっ、夜伽っ……!?」

家康にそんなことを言われてますます心臓は音を立てて、顔が茹で上がるように熱くなる。それなのに家康はますます幸村の体を抱きしめて、彼の胸元からは早い鼓動が伝わってきた。

「よっ、夜伽などっ、某っ、筆下ろしすらまともにしておりませぬっ……!そ、そんなことっ」

「……なら、今ここでシたら、真田の初めてはワシになれる?」

「……え……?」

家康の問いに、思わず幸村は顔を上げた。暗くてあまり見えない家康の顔は、赤いのだろうか。

「……ごめんな、ワシ、ずっとお前のこと、好きで……お前を抱きたいとも、思ってた」

「い、いえやっ……」

「お前が一緒にここで暮らして、補佐してくれて……頼もしかった、勿論。でもな、もっと、恋人……に、なりたくて……」

「〜〜っ……」

「真田がいいなら、ワシは恋人になりたいし……破廉恥なことだってしたい」

「……そ、某、もっ……家康殿とっ、恋人にっ……!なりとう、ござるっ……」

「……シても、いいのか?」

幸村はこくり、と小さく頷いた。家康は抱きしめる腕をするすると下に移動させて、幸村の衣服の帯に手を掛ける。

「はっ、はじめて……ゆえっ……激しくはっ……」

「分かってる……痛くはしないよ」

そう優しく囁いて、家康は唇を重ねてきた。熱い舌が幸村の固く結んだ唇の割れ目をそっとなぞり、開けた口に舌が入ってくる。はじめての口付けだった。それと同時にしゅるしゅると音を立てて幸村の帯が解かれる。
恋をするのも、口付けをするのも、体を重ねるのも全部、はじめての人は家康で。これからのはじめては全部、家康のものにして欲しい。そう、ぼんやりと幸村は考えていた。


────


「おはよう、幸村」

「っへぁっ……!?」

目覚めた途端に家康の顔が目に飛び込んできて、思わず幸村は間抜けた声を上げた。

「ふふ、寝顔も可愛いなぁ……。そろそろ朝餉も出来る頃だから、服着ておこうな」

「え……?あっ、」

一瞬家康の言葉が理解出来なかったがすぐに自分が何一つ纏っていないことに気づき、昨晩家康に抱かれたということも同時に幸村は思い出した。ぼわっと広がるように顔が熱くなって思わず顔を隠したくなるが、家康はそっと手を伸ばして幸村の後ろ髪に触れてくる。

「今日は後ろの髪、縛らない方がいいかもしれない」

「え?な、何故……」

「……鏡、見てみるか?」

家康は髪を梳くのを止め、幸村の首筋を撫でた。家康のやることがよく分からなくて、姿見があるのに気づくと幸村は簡単に着物を巻き付けてそこに向かう。首元のあたりにかかる後ろ髪を退かしてみると、幸村の首周りには虫刺されに似た赤い跡や噛み跡がいくつもついていた。

「へ、ぁ、こっ、これはっ……!?」

「まぐわったって……証拠になるから。1日経てば消える」

「……っ」

赤い跡にひとつひとつ触れる。これが、自分が家康とまぐわった証拠。……恋人になった、証。着物がはだけているのも気にせず、幸村はじっと鏡に映る自分のそれを見つめていた。

「幸村……また誘ってるみたいだから……ちゃんと服、着てくれ」

ぽつりと後ろから家康に言われて、幸村は振り返る。

「もう一回シても……構いませぬぞ?」

「……駄目。ワシが抑えられなくなる……」

そう言うと家康はふい、と顔を逸らす。幸村が服を着るのを待っているのだろう。幸村はせっせと服を着て、帯を締め終わると家康殿と声を掛けた。

「終わったか、ゆきむ……っ!?」

「家康殿っ、朝餉が出来るまでこうさせてくだされっ」

顔を戻した家康に、幸村は思いっきり抱きついた。これならいいでござろう、とあざとく首を傾げて笑うと、家康は少し頬を赤くして何も言わず抱き締め返してくる。
家康の体はぽかぽかとして温かい。終わり際とはいえまだ夏なので少し暑いが、それでも構わなかった。

(……幸せだな、俺は)

家康とこれからもずっと、こうして平和に生きていけること。その先に思いを馳せて、幸村はもう一度、ぎゅっと家康の体を抱き締めた。
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