最近の幸村には、悩みがある。

「家康殿っ、今日は一緒に帰れまするか……?」

「ごめんな、真田。今日は生徒会の仕事があって……明日も少し用があるんだ」

「……そうで、ござるか……」

ごめんな、それじゃあまた明日、とぱたぱたと幸村から立ち去る家康。その後ろ姿を見送って、ため息をひとつ吐く。
幸村と家康はひと月程前から恋人同士である。告白は幸村からで、家康は少し悩む素振りをしたがすぐに良いぞ、と返事をしてくれた。手を繋いだりキスをしたり、勿論一緒に帰ることだって最初の2週間くらいはしてくれていたが、近頃は忙しいからとすぐ断られてしまう。特に大きな行事が近い訳でもなく、仕事なんてほとんど無いだろうに、何故か家康は幸村と恋人らしいことをしようとしない。というより、避けられている。せっかく恋人になれたのに、なる前よりもずっと思い悩んでいるのは気の所為では無いだろう。

一度悩み始めると解決出来るまでずっと悩み込んでしまう癖があり、そのせいで気分はここ最近は沈んだままだ。学園内では悟られないよう明るく振る舞っているが、自分の部屋に帰った途端奥からどんどん涙がこみ上げてくる。
一人暮らしなので自分で夕飯を作らなくてはならないが、そんなことが出来る気力も無い。幸村はベッドに倒れ込んで、横にあった抱き枕をぎゅうっと抱き締めた。

「家康殿、家康、殿っ……」

幸村は何度も家康の名前を呼ぶ。こうして下の名で呼ぶのも恋人になってからだが、家康は変わらず真田と呼び続けている。それに加えて最近のことを思うと、どうも傾けている思慕の大きさの差を感じてならない。本当に家康は自分のことを好きでいてくれているのだろうか。恋人になってみたは良いけれど、やっぱり友達に戻った方が楽だと思っていないだろうか。──家康に、愛されていないのではないか。
そんなことばかりが頭に浮かんでは、幸村の胸はきりきりと締め付けられる。ぼろぼろと溢れる大粒の涙は、止めようとしても止められなかった。


愛されないなら、愛されるように努力をすればいい。
そんな思考に持っていけたのは、それから数日経ってのことだ。

「家康殿っ」

朝に生徒会の仕事をしないことは幸村も知っている。朝の支度を済ませて文庫本を開きかけた家康の机に手を付いて幸村は話しかけた。

「おはよう。どうした?」

文庫本を閉じて家康は幸村にそう柔らかく微笑む。

「あの、最近忙しいのでござろう?それが一段落ついて、暇が出来れば……どこか二人で出掛けたくて」

そう幸村が言うと、家康は一瞬驚いたように目を見開いた。けれどすぐにまた微笑んで、「そうだな、何処か探しておくよ」と返す。そして家康は閉じた文庫本を開きかける。

「ぁ……読書の邪魔でござった……ッ、じゃあまたっ」

「あぁ、またな」

──お前とは話したくない。
そう言われているようだった。
慌てて逃げるように立ち去って、鼻の奥がツンと痛くなる。同じクラスではあるが、幸い家康との席は離れているので涙が滲んでいることには気づかれないだろう。けれど、でも。

(こんなの……ッ、恋人なんかじゃっ……)

幸村が想像していた恋人関係は、こんなに辛いものでは無かった。もっと愛し愛されて、幸せで、毎日会えるのが楽しみで、笑い合える関係だった。それなのに今の関係はどうだろう。まるで最初の二週間は夢だったかのように、キスや手繋ぎはおろか、まともに話すことすら出来ない。それでいて幸村に対しての対応はこれが普通なのだとでも言うように、家康は何事も無さそうな顔をしている。それがますます幸村に傷をつけていく。
誰かと話して気分を紛らわせることも出来ずに、幸村は一人自分の席でぎりぎりと拳を握り締める。爪が食い込んで痛くても、涙を堪えることに必死で気にしてなんか居られなかった。

直接話すのもそうだが、メッセージアプリでの会話すら頻度は低い。数日ぶりに開いた家康とのトーク画面は、話を繋げようとする自分の話とそれに対する淡々とした返事が少し残っているだけだった。

『家康殿』

それだけ送ると既読はすぐについて、何だ?とだけ返信が来る。

『家康殿は、某のこと……好きでござるか?』

既読がつく。
返信が遅く、動かない画面を幸村は祈るように眺めていた。どうか、どうか好きだと言って欲しい。が、家康の返信はイエスでもノーでもなかった。

『明日休みだし、ワシの家に来てくれないか』

───

翌日、幸村は家康の家のインターホンを押した。親が資産家らしく、家は綺麗な白壁でかなり大きいのにも関わらず、今は出張で家を空けていて暮らしているのは家康一人だと言う。二人きりの家はとても静かで、無言のまま歩く家康に幸村はただついて行く。なんとなく気まずい空気だが、また会話が続かないと思うと怖くて話かけられない。どうにかならないかと思っているうちに家康の部屋の前まで来て、家康は入っていいぞ、と幸村に言う。
家康の部屋はずいぶんと物が少なく、最低限の家具や勉強道具しか置かれておらず、せいぜい本棚に漫画がある程度だった。もう少し物があっても良いのに、とぼんやり思いつつ、家康がベッドに腰掛けたので幸村もそれに習って隣に座る。

「……ごめんな、わざわざ家まで来てもらって」

「いえ……これくらい、何とも……」

家康が早速話そうとしているのが、昨日送ったメッセージの返信なのだとはすぐに分かった。それを聞くのが怖くて、俯いた幸村は履いているジーンズをぎゅっと握り締める。

「……なぁ、真田」

突然耳元でそう囁かれて、思わず幸村の肩が跳ねた。明らかに、家康の距離は近い。

「ワシの部屋が、なんでこんなに物が少ないか分かるか?」

「え……?」

そう言われて幸村はもう一度家康の部屋を見渡すが、当然ヒントになるものはない。

「……無趣味だから、にござるか……?」

「んー……丸、かな。あんまり物欲が無いんだ」

「……?」

何を言い出すのかと幸村は家康の顔を見る。幸村の様子を見て、彼はまた微笑んだ。

「お金はあるから、言えば何でも買ってもらえる。普通ならそこに甘えるところだと思うが、あまり欲しいと思うようなものがなくて……。でもな、ワシもひとつ欲しいものが出来たんだ。何だと思う?」

「え……わ、分かりませぬ……」

幸村がそう答えると、家康はそっと幸村の腰に手を回してぐっと引き寄せた。唇の触れてしまいそうな距離に心臓が急に音を立て始める。

「……お前だよ、真田」

「……へ?」

「初めてだった。お前が、欲しくて欲しくてたまらなかった。だからお前から告白されて恋人になって、最初こそ普通の恋人でいようって思ったんだが……だんだん、自分でも抑えられなくなってきた」

腰に回された家康の手がするすると下に降りて、柔らかな双丘を撫でる。ぞくぞくとした感覚がして、思わず手元にある家康の着ているパーカーをぎゅっと掴んだ。

「だから抑えようと思ってわざと素っ気なくして……それは悪かったと思ってる」

「……抑えてくれない方が、良かったでござ……ッひゃ……!?」

幸村がそう呟くと、家康は突然、腰に回した腕を解いて幸村の身体をベッドに押し倒した。突然のことに驚いて起き上がろうとするが、馬乗りの体制で腕を押さえつけられ身動きが取れない。

「……ふふ。さっきの言葉、今のうちに取り消した方がいいぞ?」

「へぁ、え、そのっ」

「ワシが唯一ここまで欲しいと思えたのがお前だった。だからお前の全部、心もカラダも全部。……ワシのモノにしたい。他の誰かになんて触れさせたくもない」

家康殿、と名前を呼ぼうとした幸村の唇を家康は自らの唇で塞ぐ。二週間前まで家康がしてくれていたキスはただ触れるだけだったのに、無理矢理捩じ込まれる舌は熱くて息が出来ない。幸村の左腕から右手を離して、家康は幸村の着ている衣服の襟をぐっと開かせたと思うと唇を離した。こんなキスをしたのは初めてで息の上がった幸村に、家康はいつも通り柔らかな笑みを向ける。それが何だか、少し、怖い。

「大丈夫……今日はそこまでしないさ。でも……ワシがお前のことどのくらい好きなのかなんて、すぐに解らせてやるから」

ギシ、とベッドが音を立てる。家康は幸村の露わになった首筋にそっと噛み付いた。
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