戦禍ノ子
人妻編 / 英人
本日も帝国隊衛生班の病棟は満床である。
彼らは重症の患者を抱える一方で、傷ついた兵士たちへのメンタルケアも怠らない、癒しのプロ集団だ。
玉響澄緒は、その副班長である。
男に美人と形容するのは間違っているかもしれないが、彼を見たことのある者なら誰もが同じ感想を持つだろう。
透き通る雪の肌、絹糸のような黒髪。切れ長の瞳は長い睫毛にはんなりと縁どられ、常に涼やかに伏せられている。薄い唇は紅を差したように赤く、口元の控えめな黒子は壮絶に色っぽい。
加えて、彼の細く美しい指は常に絹の手袋に包まれていた。その禁欲的な雰囲気は彼の魅力を底上げするのに一役かっているのだが、実は単なる潔癖症らしい。
エロスを垂れ流して病棟を取り仕切る澄緒は「ケージの人妻」と呼ばれている。しかし当の本人にとっては不名誉でしかないらしく、そう呼ぶと冷ややかな目で見つめてくるのだった。
今夜もまた一人、澄緒の担当患者がベッドの上で目を覚ます――
「あーあ、つまんねぇな」
帝国隊迎撃班、剣先英人は大欠伸をかみ殺した。
ついこの間の戦争で利き腕を骨折する重傷を負ってしまい、現在入院を余儀なくされている。
午後の談話室には、英人と同じく手足を包帯でぐるぐる巻きにした迎撃班員たちが集まっており、最近はこうして衛生班の目を盗んでは煙草を吸うのが日課だった。
もともと英人は、暇さえあれば花街へ出かけるような男である。整った顔だちと筋骨逞しい体、床に入ればそのテクニックで女たちを次々と虜にし、寝る相手に困らない日々を謳歌していた。
それが今や、寂しく惨めな病院生活だ。
規則正しい生活、味の薄い食事。娯楽と言えば、売店の雑誌くらいだろうか。ただ一日が始まって終わるのをベッドの上でぼんやり過ごすのは、英人にとって苦行と変わりない。
「まあまあ、衛生班に悪戯すんのも結構楽しいぜ」
「そういや英人、今日は千草ちゃんにちんこ洗ってもらう日だって言ってなかったか?」
「そうだよ、羨ましいか」
「うわ、お前変なことすんなよ」
「しねーよ、バーカ」
目の前の同僚は、つい先日、担当衛生班の尻を揉むことに成功したらしい。
最初はあり得ないと思っていたが、ここまで女日照りが続くと、目の前の可愛くて優しい衛生班に手を出したくなる気持ちも分からなくはない。
「けど、可愛い千草ちゃんだと、いまいち刺激が足りない訳でさ」
「うわ、お前ちんこ洗ってもらう分際でよく言えるな。握り潰されろ」
「いやいや、もっとこう高い壁を崩したいというか。ぎりぎりの駆け引きがしたいというか」
「そこまで言うなら、澄緒副長狙えば?」
ふいに上った名前に、英人は眉を顰めた。
「澄緒? あの潔癖症の?」
「それがさあ、あのお澄まし顔で、何人も男咥えてるって噂だぜ〜。“人妻”の異名も伊達じゃないよなぁ。あやかりてー」
「ふーん……」
宙に白い煙を吐き出しながら、英人は曖昧に返事をした。
玉響澄緒は、かつての同級生だ。
昔からちょっと危ない色気の持ち主で、夏でもシャツのボタンを全部とめているような奴だった。色が白くて貧弱で。英人とは共通点もなければ特別な接点もなく、おそらくお互いがその存在を知っているか知らないかくらいの、極めて希薄な関係である。
「澄緒副長にちんこ洗ってもらったら、俺勃起しちまうかも」
「まあ、小便ひっかけて嫌な顔とかはさせてみたいよなー」
「やっぱり最低だな、お前」
「千草ちゃんに小便すんなよ」
枯れた生活が続き、自然と盛り上がるのは低俗な下ネタばかりだ。
虚しくなった英人たちは、誰からともなく煙草をもみ消すと、それぞれの病室に戻っていった。
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