禍ノ子
 専属医 / 大和


 朧げに霞む早朝は、やがてまっさらな光に包まれた。少しだけ開いた窓からは、波の音と共に澄んだ風が舞い込んでくる。
 大和は緋色の柔らかな髪を撫でていた。
 抱き潰してしまった体はシーツに横たわったまま、かれこれ数時間は経っている。気づいた時は既に貪り尽くした後で、もっと優しくするつもりだったのに我慢できなかった事を後悔した。

 起きたらたくさん可愛がって、もう一度好きだと言いたい。それから一緒にシャワーを浴びて、遅い朝食をとろう。食堂に行ってもいいけれど、売店で何か買ってきて、二人っきりで食べるのも捨てがたい。
 抑えの効かない愛情は、昇華するどころかますます募る一方だ。緋色の薄い耳たぶが溶けるまで囁いたとしても、この思いは伝えきれないだろう。

「……ん……ぅ」

 前髪を避けて額にキスをしていると、とうとう緋色が目を覚ました。
 さんざん泣かせてしまったので涙袋はぷっくり腫れて、優しげな目元のラインが余計に強調されている。潤んだ双眸に大和が映ると、頬が薄紅に滲んだ。

「おはよう、佐々倉」
「ん、……うん」
「体、平気か?」
「……っ」

 緋色は色々と思い出したのか、恥ずかしそうに息を呑みこんでしまう。こんなに無垢なのに好き勝手抱いたのかと改めて自覚し、堪らずにキスをした。

「ごめん。怖かったよな」

 ちゅっと音を立てて唇を吸えば、細い首筋がじんわりと染まる。そこにはえげつないキスマークが散らかっていて、居たたまれずに中指の背で擦れば、緋色の瞳が曖昧に揺れた。

「……ち、ちが……っ黒田、に」
「ん?」
「変な、とこ……、いっぱい、見られた、から……恥ずかし……くて」
「なんで? 何も変じゃない、全部可愛かった」
「う、うそ、絶対変な顔、してたもん……っ、声だって……」

 視線をさ迷わせながら、すがるみたいに掌をきゅっと握られたので、思わず握り返した。
 好きだ……!!

「そんな心配しなくていい」
「……ほ、本当に?」
「佐々倉が好きだ」
「あ、ぅ……お、俺も…………、好き……」
「!」

 最後のほうは小さくてよく聞こえなかったが、自惚れでも何でもない確信を得て、叫びだしたいくらい興奮した。

「佐々倉!」
「わっ、く、苦しいよ」

 強く抱き締めると、緋色は腕の中でふやけた笑顔を見せてくれた。

 これからはずっと傍にいる。
 悩みとか不安は半分にしてやるし、出来ることなら何でもしてやる。
 それに、たくさん泣かせてしまったぶん、もっとたくさん笑ってほしい。
 俺が全部支えるから、安心して寄りかかってくれればいい。



 緋色のベッドに枕が増えたのは、それからもう間もなくの事である。
 クローゼットの隅に並ぶ白衣、二本の歯ブラシ、買い置きしたカップラーメン。隠された避妊具の箱には、緋色もまだ気がついていないようだ。
 時を止めた部屋に、新たな存在が上書きされていく。
 不眠症の完治も時間の問題だろう。といっても、どうやら別の理由で眠れないそうだが、詳しい原因は聞かない事にしておく。


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