禍ノ子
 専属医 / 大和


 帝国隊の誇る衛生班は、美人揃いで有名だ。
 癒し系、清楚系、小悪魔系と様々であるが、彼らが体の隅々まで面倒を見てくれるので、ケージのオアシスと化している。
 しかしその為か、別のサービスを期待する患者からのセクハラ被害が後をたたない。このままでは班の士気が下がりかねないと判断した水許班長は、この春「大型」新人を起用した。

 黒田大和くろだやまと、十七歳。
 百八十センチを越える身長で体格も良く、自慢は六つに割れた腹筋と厚い胸筋。極めつけの三白眼は、睨まれたと勝手に怯えられる鋭さだ。
 一時期、病床は騒然とした。
 初心で可愛い新人が来るのかと思えば、白衣を来た殺し屋みたいな男が現れたからだ。
 担当医の大和と顔を合わせた患者は、皆一様に落胆し「お前の筋肉じゃなくて、凪さんのおっぱいがいい!」と駄々をこねる。そんなふざけた事を言う患者の尻を叩くのが大和の役目だ。
 そのかいあってか、彼らは驚異的なスピードで復帰していった。水許班長をはじめ、他の班員からも「大和のおかげで仕事がまわる」と概ね高評価である。
 不本意ではあるが結果オーライだ。



 一人きりの当直室で、大和は夜食のカップラーメンをすすっていた。
 開け放した窓からは、静かな波の音が聞こえる。
 ナースコールは鳴らない。
 患者が皆、今日の当番を知っているからだろう。
 平和な証拠だ。
 それにしても暇すぎるので、仮眠でもしようかと軍服の上着を脱ぐと、出し抜けに控えめなノックの音が響いた。
 夜間外来だろうか。珍しい事もある。

「どうぞ」
「遅い時間にすみません、あの……あ、黒田?」

 ドアを開けたのは、同級生の佐々倉緋色ささくらひいろだった。
 美人だが派手さはなく、機動班という情報以外は特に印象の薄い男である。
 Tシャツから伸びた白い腕がやけに目立ち、その極端な細さから若干の違和感がした。

「……佐々倉、だっけ。どうした」
「あ、えっと……」

 緋色は戸惑ったように瞼を伏せた。目の下に薄暗く隈が出来ている。華奢な体、長い睫毛、やや垂れ目。柔らかそうな癖っ毛が薄いうなじを隠している。

「……、睡眠導入剤があったら、少し貰いたいのだけれど」
「眠れないのか?」
「な、無いならいいんだ、無理言ってすまない」
「いや、待てって」

 大和にとって、それは珍しい症状ではない。
 戦争の後遺症で眠れない患者も大勢いるし、まして機動班として最前線で戦っていた彼が悩んでいても、決して不思議ではない。
 しかし、まともな会話に飢えていた大和は、その原因を探りたくなった。

「いつ頃から症状が出たんだ?」
「えっ」
「恥ずかしがらなくていい。戦争のフラッシュバックとか、」
「……、いや……その、」

 さり気なく聞いたつもりだったが、気まずい沈黙が二人きりの部屋に沈んでしまい、大和は何か別の話題を探した。
 そういえば、彼には年の離れた弟がいたはずだ。放課後、中庭で三輪車を押してやっているのを、帝国生の時に見かけた事がある。

「なあ、佐々倉って弟いたよな」
「……っ」
「元気にしてるか?」

 それは和ませる為の会話だった。
 しかし、引き金を引いたように、緋色の表情が激しく歪んだ。ガタガタと震えだし、あっという間に血の気が引いて真っ白になる。

「え、え……? ちょっと、佐々倉」
「うっ……おえ、」

 両手で口元を抑えた緋色は、その場にうずくまると嘔吐してしまった。


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