禍ノ子
 捨猫 / 紫苑


 2337.02.02 就任パーティー / 紫苑

 鬱陶しいほど煌びやかな光に一号館の食堂が包まれている。
 金や銀の光がゆらゆら揺れて、騒がしくて眩しい。
 帝国隊の就任式を終えると、そのまま新人帝国隊のお披露目を兼ねたパーティーが強行された。
 昨夜の警戒警報の時にはさすがに緊張が走ったが、この一晩での見事な変わり様は関心を通り越して呆れる。
 関係者で賑わうテラス席で、御影紫苑みかげしおんは一人でワインを傾けていた。
 艶っぽい白い肌と、美しい黒髪。一際目を引くのは、猫のように丸い形をした金色の瞳だ。それを縁取る睫は、女性が羨むほど長い。
 紫苑はワインに濡れた赤い唇を舐めると、もう何杯目か分からないグラスを気だるげに空けた。
 酒に酔う自分に、よからぬ視線を寄こす数名に気がつきながら、紫苑はこっそり心の中で舌を出した。
 全員お断りだし、遊んでもやらない。
 しかし席を立つわけにもいかないので、紫苑は暇つぶしに人間観察を始めた。
 あそこにいるのは、遊撃班班長に就任した雪代聖夜。静かで大人しく見える彼の射撃の腕前は、まるで精巧につくられた機械のように正確だ。
 それから、窓際で微笑んでいるのは防衛班班長の雨咲達貴。一見華奢で柔和に見えるのに、アグニスの異常な高適応率で、先陣を切って戦えるらしい。

――それから

 紫苑は見当たらないもう一人の新班長を探してみたが、面倒くさくなってやめた。どこにいても目立つ人なのに、人の波に埋もれているのだろうか。
 無意識に自分の首を締め付けるネクタイに触れる。いつも帝国生のジャージで過ごしていたので、この堅苦しい軍服が妙に苦しい。
 正装は滅多にしないと聞いて安心はしていたが、殊更、黒いベルトが強く自分の腰を締め付けているので落ち着かないのだ。
 おまけに退屈だから、早く終わってほしい。
 そもそも、何でこの一年で最も寒い冬に、テラス席でパーティーなんてするのか、その神経が……、

 パシャッ!

 突然光ったカメラのフラッシュに紫苑は顔をあげた。数人の女性がきゃあきゃあ言いながら人垣に消えていく。
 写真撮るなら、言ってくれればいいのに。
 今日は、普段二号館にいる既存の帝国隊も勢揃いしているため、彼らを一目見ようというただの見物客も多い。
 めったに姿を見せない調査班の四十万班長に人だかりが出来ているのも、気のせいではないだろう。
 興味本位の野次馬が湧いているのは確かで、いよいよ紫苑は席を外したくなった。

「よう、人気者」

 突然、隣の席に座った男に面倒くさそうに視線を投げると、機動班班長に就任した聖だった。さっき探した時はいなかったのに、行動が読めない。

「俺が喜んでるとでも思ってるの?」
「生意気なやつ。お前みたいな後輩、一人しかいない」
「生憎俺は世界に一人なんで」
「本当に口が達者だな、お前は」

 夜明けのような深い藍色の瞳をした聖は、誰もがうらやむ恵まれた容姿だ。
 おまけに高い背丈、文句のつけようのないスタイル、機動班班長になるほどの実力を持ち、友人は多く人望も厚い。
 ずるい人だ、男なら欲しい物をみんな持っている。
 神から二物も三物も与えられたような存在は、憧れを通り越して嫌味だ。

「ねえ、俺は年少者なんだから、甘やかしてよね」

 ゆっくりとグラスを回して、中のワインを揺らしながら、紫苑は上目に聖を見上げた。
 機動班に就任した七名中、一学年下から選ばれたのは紫苑だけだった。

「なんだよ、キスでもしてほしいか」
「じゃあそれでいいよ」
「言ったな」

 でも、調子いいよな、この人。

 長い指に顎を持ち上げられるけれど、全然目が本気じゃない。遊びのキスも好きだけれど、後々面倒くさいことになりそうだ。
 お互いにそれを分かっていないはずはないのだから、大概この人も性質が悪い。

「……はあ、やっぱり止めた」
「お前は本当に気まぐれだな」

 よく言うよ、最初からする気もない癖に。頬杖をついたまま、片手でしっしと追い払う。

「さよなら班長。俺は今忙しいの」
「はいはい。飲みすぎて、明日のミーティング寝坊すんなよ」

 聖は紫苑の背中をべしっと叩くと、颯爽と席から立ち上がった。

「……いったぁ、何すんの、あの人」

 紫苑の恨めしげな視線も、もうすでに人の波に消えた聖には届かなかった。


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