罪ノ子
 発情 / 伊織


 真乃はエスプレッソとソーダ水をテーブルに置くと「これはサービスね」と焼きたてのシナモンロールもおまけしてくれた。
 バターの溶ける甘い香りに、伊織の口の中は涎でいっぱいになる。思いきり頬張れば、初めて食べる筈なのに懐かしい味がした。

「……っおいひぃ!」
「良かったわ、うちの人気メニューなのよ」
「伊織、ボロボロこぼしてる」

 真乃はそのまま同じテーブルにつくと、間近で伊織を観察した。伏せた白い睫毛の清楚さと、赤い唇の妖艶が調和した顔立ちに、複雑な溜息をつく。

「駆蹴君、結婚出来ないわよ」

 意味深に目を細めた真乃に、眉をしかめた駆蹴は煙草の火を消した。

「結婚には興味がない」
「はいはい、もう聞き飽きたわ」
「だったら俺にその話題を振るな」
「はぁ〜、もったいない。遺伝子がもったいない」
「それより真乃はどうなんだ。予定日もうすぐだろ」

 呆れた駆蹴が話題を変えると、真乃は嬉しそうにエプロンの上からお腹を撫でた。
 そこに、赤ちゃんがいるらしい。
 ドキッとした伊織は思わず硬直した。命を宿せると言ったケイトの冷たい微笑が、脳裏を過る。
 動揺を紛らすようにストローでソーダ水を吸えば、小さな気泡がしゅわしゅわと臍の裏側で弾けた。

「……あの、お腹、赤ちゃんがいるんですか?」 
「そうよ、もう臨月なの」
「…………りんげつ、」

 まるで宇宙人に遭遇したような面持ちで、丸く膨らんだ腹を見つめる。

「さ、触ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」

 勇気を出して慎重に触れると、固いゴム毬みたいな感触がした。ここに赤ちゃんが入っているなんて、何だか現実味がない。
 すると、疑う伊織に呼応するように僅かな振動が返ってきた。

「あれ、蹴った」
「えっ!?」
「さては、美少年に触られて喜んでるな」
「痛くないんですか?」
「そりゃあ痛い時もあるわよ」
「……ち、違う生き物がお腹にいるなんて、怖くありませんか」

 妙な質問だと分かっていながら、聞かずにはいられなかった。真乃は一瞬きょとんとしたが「新鮮な疑問だわ」と楽しそうに伊織の手を握った。

「この子が出来た時、最初はひどいつわりがあったの。無理やり食べても吐いちゃったりして、体と心が慣れるまで時間はかかったけど」
「や、やっぱり……」
「でもね、この子は大好きな人との赤ちゃんだから、何があっても平気なの。彼は、私が泣いてばかりいた時にそばで支えてくれた、優しい人なのよ」
「かっこいい?」
「うーん、ちょっと太ってるけど、私にとってはヒーローかな」

 幸せそうに破顔した真乃を、伊織はじっと見つめた。
 もし自分が妊娠する事になっても、好きな人との赤ちゃんだったら、こんな風に笑えるんだろうか。
 思わず駆蹴を見上げれば、黒い瞳の奥が優しく揺れた気がした。

「赤ちゃんが生まれたら、また会いに来てもいい?」
「もちろんよ、待ってるわ」

 ほっとした伊織は、その場にしゃがんで真乃のお腹にキスをした。


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