罪ノ子
 発情 / 伊織


「うわぁあ〜ッ、速いはやいっ、すごーい!」
「こら、シートベルト外すな」

 駆蹴の車が滑らかに発進すると、伊織は助手席で跳ねるように喜んだ。
 ケージの外観など初めて見た。あっという間に遠ざかる巨大な要塞を振り返りつつ、二つの検問を抜ければ、眩しい景色が眼前に広がる。
 賑やかな街並みも珍しかったが、何といっても光る海は別格だ。遠くから見るよりもずっと迫力があるし、吹き抜ける風は潮の香りがする。
 駆蹴に借りたぶかぶかのパーカーを羽織った伊織は、勝手に窓を開けると、飛び出さんばかりに身を乗り出した。

「こら、落ちるぞ」
「駆蹴さん見てッ、海だよ!」
「……毎日見てるだろ」
「だって、こんなに近いのは初めてだもん!」

 その鮮烈な刺激は、伊織の体に弾けるような熱を生む。瞬く間に血流に乗って全身に拡散すれば、神経は殊更鋭敏になった。
 はしゃぐ伊織を片手で助手席に戻した駆蹴は、ギアチェンジするとさらにアクセルを踏み込んだ。ぐんと加速するスピードに、黒い革張りのシートへ背中が深く沈む。
 伊織は、ちらりと駆蹴を盗み見た。
 軍服ばかり見慣れているからか、今日みたいにラフな姿が新鮮に映る。シンプルなVネックのシャツには厚い胸板の皺が出来ていて、意図せずセクシャルな雰囲気だ。
 加えて、車を運転する姿は同性ながら憧れを抱くほど格好いい。まるで丁重なエスコートを受けているようで、不謹慎ながらちょっとだけエッチな気分がした。

「〜〜い、伊織も運転したいなっ!」
「お前は事故起こしそうだから、やめておけ」

 動揺を誤魔化しておどけている内に、車は緩やかにカーブして大通りへ入っていく。はっとした伊織は慌てて小さくなった。

「伊織?」
「……み、見られちゃう」
「そんなに心配しなくても大丈夫だ」

 駆蹴を見上げれば、ハンドルを切りながら横目で視線を返してくれる。

「この辺は一般居住区だ。E区にはコーヒーの美味い店もある」
「ま、まさか、これから行くの?」
「ああ」
「……っ」

 当然のように頷かれると、伊織は俯いてパーカーの袖口を弄った。舌の上で否定的な言葉を転がしては、伝えられないもどかしさに悶える。
 だってそんなのダメに決まっている。「行く」と決めたのは自分だけれど、本当に大丈夫だろうか。

「か、駆蹴さん、やっぱり」
「俺から離れなければいい」
「!」

 不安を見透かされた伊織は、耳朶を赤く染め上げた。

(俺から離れるな、だって……!)

 リフレインする言葉はやや脚色付きだが、それでも効果絶大である。大いに伊織が照れている内に、車は人気のない裏通りに停車した。

「ほら、行くぞ」

 強引に引かれた掌は、動揺でじわっと湿る。構わずに包まれるのは、恥ずかしいような、やっぱり少しだけ怖いような。
 ごくんと唾を飲み込んだ伊織は、フードを目深に被ると漸く車から降りた。


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