贖罪ノ子
四人組 / 宏夢
2337.02.02 就任パーティー / 八重
「かんぱーい」
四本の缶ビールが豪快にぶつかり合う。
帝国隊の就任式の後、八重と龍二、それから駆蹴と宏夢の四人はラウンジに集まると、一面ガラスの壁に並ぶスツールに並んで腰掛けた。八重はビールに一口だけ口をつけたが、すぐに缶をテーブルに置いた。ビールはやっぱり苦手だ。
「お前飲めないんならビール開けるなよ」
隣に座った龍二が、ほとんど口のつけられていない缶ビールを自分のほうへ寄せたので、八重はむくれながら新しい梅酒の缶のプルタブをぷしゅっと引き上げた。
だって、苦手なビールも今日なら飲めると思ったから。
「就任挨拶、よかったよな」
「聖、格好よかったね」
帝国隊の就任パーティーではそれぞれの班長の挨拶があって、中でも新しい班長挨拶は注目を浴びていた。
特に聖は飛びぬけて実戦訓練もアグニス訓練も成績がよかったし、自分は借り物のような軍服も、聖はきっちりと着こなしてかっこよさ三割増しだった。ああいうのが男前というらしい。
「達貴も聖夜もよくやってた」
「俺だったらあの面子の中じゃ緊張して挨拶どころじゃないなー」
「龍はそんな心配しなくても大丈ぶへっ…!」
べし、と龍二の平手が八重の後頭部に直撃する。
「四十万さんは、相変わらずだったな」
調査班班長の四十万是則は、可愛らしくも冷たい美人で、ケージ内で見かけることが少ない、非常に珍しい帝国隊員だ。ごく稀に、一人でういろうを齧っているところを食堂で見かけることはあっても、声を聞いたのはたぶん今日が初めてである。
いつものようにやや首を傾げて「よろしく」と呟いた声は、耳障りのいい涼しげな艶を含んでいた。
「四十万さん可愛いよな」
「え?」
缶の縁に溜まった梅酒をちびちび舐めていた八重は、龍二の声に頭をあげた。
「猫みてーじゃん、なんだっけ、グレーの毛並みの」
「ロシアンブルーか、確かに言えてる」
「それそれ、さすがなるひろ」
饒舌になった龍二は、二本目の缶ビールを煽り始めた。
ロシアンブルー? 言われてみれば、四十万班長の瞳の色は澄んだ青色をしている。
龍二はああいうのがタイプなのだろうか。
いや、待て、それよりも彼は男だ。
「なんか背はちっこいし」
そんなの、
「肌白いし」
俺だって、
「ミステリアスだし」
ミ……?
ぺこん、
力を入れすぎて白くなった指で掴んだスチール缶の表面がへこむ。
悔しいのに、嫉妬でひりひりする。
龍二のあほ。
「おい」
一番奥の席から、低い声で話を遮ったのは駆蹴だった。
「上司の噂は良くない」
「そうだな、駆蹴の言うとおりだ」
「へーい」
生返事をした龍二は、三杯目のビールを煽り始めた。
「……龍は調査班になんてなれないよ」
「え? なんで」
「バカだから」
「おい、どの口が言う」
「いーだ!」
「こら」
頬をつねられて、すかさず両頬を引っ張りかえす。痛くて涙が出そうだ。
「なあ、みんな同じ班だったらよかったのにな」
突然、ぽつりとつぶやいたのは宏夢だった。はっとして八重は窓ガラスに映った自分たちを眺める。
赤、赤、緑、赤。一人だけ、緑色の軍服を着ているのは宏夢だ。
同年代はほとんど新三班に振り分けられていたが、既存の班に振り分けられたのは、宏夢を含めてほんの数名しかいなかった。
「俺はお前らと違ってアグニス適応率低かったからだろうな」
「おい、このタイミングは嫌味っぽいぞ」
わざとごつんと体をぶつけた龍二の隣で、八重はもぞもぞした。もし自分だけ違う班でこの三人が同じ班だったらと考えると、やっぱり寂しい気がした。「俺頭いいからなぁ」と宏夢はわざと戯けると、ビールを傾ける。
オセロの駒のように、赤で挟まれた彼も同じ色の軍服になったらいいのに。
「あ、見ろよ戦闘機」
宏夢の声に全員が窓の外を見ると、滑走路の上をゆっくりと戦闘機が滑っていくのが見えた。
一旦止まったそれは、少しずつ加速して浮き上がり、夜空の上をゆっくりと旋回しだす。月を背後にした、藍と蜜の混ざり合ったテラが、水分をたっぷりと含んだ空気のせいでじんわりと歪んで見えた。