罪ノ子
 全テノ始マリ / 龍二


 黙ってしまった八重の手を引いて、プラムやレモンの並んだ果物屋の前を横切った。

「龍二!」
「あ、おばさん」

 名前を呼ばれて振り返ると、体格のいい中年の女性が、エプロンで手を拭きながら店先から出てきた。

「可愛い子連れて、お出かけかい」
「ボーノに行くんだ」
「へぇ、あんた名前は」
「八重」

 突然顔を覗き込まれた八重は、目をまるくして彼女を見上げる。いつもより小さい声だ。

「八重か、龍二をよろしくね」
「うん」

 八重によろしくされるより、こちらが面倒かけられていることのほうが多いのだが。しかし龍二の気持ちを余所に、うなずいた八重はやや頬を赤くして俯いている。

「あら、赤くなっちゃったよ。これやるから機嫌直しな」

 女性は一番近くにあった桃を手にとると、八重に持たせてやった。

「ありがとう!」
「笑うともっと可愛いじゃないか。またおいで」
「うん!」

 そのまま通りすぎようとした龍二は、突然肘で小突かれてドキリとして立ち止まった。

「あんたやるじゃない」
「!」

 ばいばい、と手を振っている八重の手を引っ張ると、逃げるようにその場を離れた。

「いいにおい、なんて果物?」
「桃だよ」
「もも!」
「食うか?」
「うん!」

 龍二はTシャツの裾で桃を拭くと八重の口元に持っていってやった。「ん」と促すと、齧り付いた八重はその甘さにぱっと顔を輝かせた。

「おいしい!」
「気に入ったか?」
「うん!」

 いつもの笑顔に戻った八重に、少しほっとしながら桃を手渡してやる。
 にやにやしていた果物屋のおばさんには、絶対、勘違いされた。
 八重は男なのに。
 毎日一緒にいるとやっぱり八重は少年で、走るのは速いし、顔を泥だらけにして遊ぶし、涙も鼻水も一緒に流して泣くようなやつだ。
 けれどやっぱり改めて見ると、確かに色白で睫も長いし、目は大きくて美人だ。初めて会ったときも、一瞬男か女か迷ったくらいだったのだから。
 桃を食べているピンク色の唇の隙間から、小さな白い歯が覗くのや、赤い舌が桃を舐めるのを無意識に眺めていると、さすがに視線に気がついた八重が「ん?」と見上げた。
 桃の甘酸っぱい果汁が、包帯のとれた白い腕をつたう。
 どく、と胸の奥が鳴った。

「……あーあー、べたべたになる」

 龍二は何でもないふりをして、八重の手を掴むと近くの噴水に駆けた。噴水の前にしゃがんで、冷たい水で手を洗っている八重の横に腰掛け、半分残った桃を嚥下する。

「つめたーい!」

 八重のはしゃいだ声を聞きながら、種だけになった桃の実をしゃぶって、すっぱくなったそれを吐き出した。太陽の日射しを浴びながら目を閉じる。いい気分だ。

「龍!」
「ん? うわっ」

 ばしゃ、と遠慮なしに上がった水しぶきに龍二が驚くと、八重はいたずらそうにこちらを見ていた。

「何すんだよ!」
「あはは!」
「あははじゃねー!」

 龍二が片手でやり返すと、八重は待ってましたとばかりに両手で思いっきり水をかけてくる。

「やめろー! ぎゃー!」

 あっというまにびしょ濡れになったのは言うまでもない。
 一雨振られたような頭を龍二が振っていると「犬みたーい!」と、ころころベンチの上で八重が転がったので、べしと尻を叩いた。


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