思ノ子
 失思ノ子 / 篤


 2338.03.02 三章 / 篤

 衝動的にキスをした日から、明らかに薫の態度が変わった。当たり前といえば当たり前なのだが、これがまあ何というかいじらしい。
 正直、自分自身どんな顔をして会えばいいのか悩んだのだが、薫はそれ以上だったようだ。
 初めて訓練で顔を合わせた時なんか、ちょっと触れるだけで飛び上がるほど意識されまくって、挙句の果てには修羅に「ついにヤッたの?」と茶化された。声をかけても、困ったように眉根を寄せて俯いてしまう。けれど、前みたいに拒んだりはしない。
 その姿が自分の内側にある雄の部分をどうしようもなく刺激するので、篤はことあるごとに薫を構った。
 訓練も、食事も、風呂も、どこへ行くにも薫を追いかけ、それが段々エスカレートしていく内に「うざい」と罵られるようになったが、それすら可愛いので重傷かもしれない。

 その日も訓練を終えた篤は、コの字型のソファで薫が上がってくるのを待っていた。丁度部屋へ戻る前に、ここを通り過ぎる筈だ。
 疲労で瞼が落ちかけるが、慌てて立ち上がり眠気覚ましに缶コーヒーを買う。少し考えて二つボタンを押した。何か一言でも話せたらいい、他愛のない話でいい。それでちょっとだけ触れたら満足だ。
 プルタブを開けたタイミングで、丁度奥のエレベーターが開いた。
 シャワーを浴びたらしく、髪の先が濡れた薫は、はっと気がつくとすぐに俯きながら通り過ぎようとする。
 むず痒い焦りが全身を駆け巡ったが、篤は平静を装って声をかけた。

「待てよ、薫」
「え?」
「これ飲んでけ」
「……うわっ!」

 返事を待たずに缶を放り投げる。慌てて受け取った手前、無視することは出来ないらしく、少し怒った顔でソファに腰かけた。一人分くらい間が空いている。さりげなく詰めたが、同じくらいまた横にずらされた。

「これから、どうすんの」
「部屋に帰って寝るけど」
「一人で?」
「え?」

 不思議そうに顔を傾げた薫は、目が合うと黙ってしまう。気が付けば薫の濡れた髪の先に指を伸ばしていた。

「なんか、顔色悪くないか?」
「そんな事ないよ」
「いや、やっぱりそうだ。ちゃんと寝てるのか?」
「心配してもらわなくても大丈夫だから」
「俺の部屋に来いよ」
「は?」
「ちょっと俺たち、話したほうがいいよな、な?」
「話すって、いったい何を……っ、ちょ、触るな!」

 切実な思いも空しく、薫は篤に平手打ちを食らわせた。

「もう、知らない!」
「あっ、ちょっと待てよ」
「ついてくるな!」

 ぷりぷりと怒って去っていく後ろ姿を見ながら、じんわりと痛む頬を片手で抑える。

「何してんの」
「うお!?」

 一つ後輩の修羅が柱の陰からこちらをじっと伺っている。さらにその背後に刀真も佇んでいる。敢えて空気など読まない二人は、どさっとソファに座ると「俺にもコーヒー奢れよ」と手を出してきた。

「お前らいつからいたんだ」
『最初からだ』
「いるなら早く言えよ、ちょっと恥ずかしいじゃねーか」
「副長から恥ずかしさをとったら何が残るの?」
『筋肉だけだな』
「あはは、言えてるー」
「お前らもうしゃべるな」

 失礼な話題で盛り上がる二人に、しぶしぶ自販機で買った缶コーヒーを投げてやる。

『最近、雰囲気いいじゃないか。安心した』
「っていうかチューしたんなら、もったいぶってないで、さっさと最後までしろよ」
「無責任なこと言うな」
「だってそうだろ、何年待たせてんだよ、んなデカいちんこぶら下げてんのは見せかけか」
「お前、物事には順序があるだろう」
「そんなこと言ってる間に、俺が突っ込んでも文句は言えねーな」
「え!?」
『まあ、そんなに怒るな。修羅なりに薫が心配なんだろう』

 刀真は残っていた缶コーヒーを一気に飲み干すと、さっと立ち上がった。

『ほら行くぞ後輩。深夜警備に遅れる』
「はいはい。副長、男見せろよ」

 まだ何かぶつぶつ言っている修羅も、盛大な溜め息と共に空になった缶をゴミ箱へ投げた。
 去っていく二人の背中は何かを訴えているようで、篤は後頭部を掻いた。

「あー、くそ……」

 虚しい呟きは誰に聞かれることもない。

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