思ノ子
 失思ノ子 / 篤


 待ち合わせ場所に指定されたのは、港に程近い小さな一軒家だった。
 薫はわざと帝国隊関連のマークが入った服を避け、オフホワイトのセーターと、紺のスラックス、ダッフルコートを羽織って出かけた。それというのも、清二がいったいどこまで自分のことを把握しているのか、測りかねたからだ。
 一般居住区行のバスを降り、雪の降り積もる道をしばらく歩く。すると、人の手がしばらく入っていない空き地にぽつんと立つ家へたどり着いた。
 雪を払い落とした傘を閉じ、玄関の横へ立てかける。
 ごくん、と無意識に唾を呑み込んだ。ここまで来て、今更だけれどやはり緊張する。
 しかし、薫がチャイムを鳴らす前にがたがたと奥から足音が聞こえ、ガラリと勢いよく扉が開けられた。

「薫!」
「……ッ」

 それまで、どこか嘘のように思っていた。
 自分が生んだ妄想で虚像で、そうあってほしいと思っていた。
 その義兄が目の前にいる。無精ひげが生え、隈のできた目は落ち窪んで年もとったが、紛れもなく本人だ。
 シャツとスラックスの上にガウンを羽織った清二は、薫を見るなり抱きしめた。

「大きくなったな、薫」
「……義兄さん」
「よく来てくれた。ここは寒いから、早く中へおいで」

 肩を抱かれたまま部屋へ足を踏み入れる。見上げた横顔は優しく見えて少しほっとしたが、自分の肩を抱く力がやけに強い。それから、清二のシャツからは埃っぽい煙草の匂いがした。
 通された部屋は、古くなった畳の和室だった。その真ん中に炬燵があり、湯飲み茶わんが二つ置かれている。
 薫は炬燵の布団をわずかに膝で踏むようにして座った。その向かいに清二も胡坐をかくと、下に置いてあった灰皿を上げ、胸ポケットから潰れた煙草を取りだした。「いいか?」と目で確認されて無言で頷く。昔は吸わない人だったのに。

「ああ、未だに、信じられないな。お前が無事だったなんて」
「義兄さん、それは僕のほうだ。もうあの時に駄目だったと……」
「お前をクローゼットに隠した後に、デクロに気づかれそうになって逃げたんだ。その後落ち着いてから家に戻ったけれど、お前はもうクローゼットにいなかった。だから、てっきり……、まさか帝国隊に拐われていたとは思わなかったよ」

 清二は俯いて目頭を押さえると、気を取り直したように「冷めるといけないから」と言って湯飲み茶わんを勧めてくる。
 そこに入っているのは煎茶ではなく、透明な赤い液体だった。「ハイビスカスティー?」と聞くと嬉しそうに頷く。清二なりに再会の演出をしてくれているらしく、薫は複雑な思いで口をつけた。
 “拐った”なんて……。帝国隊が保護してくれなかったら、それこそ今頃どうなっていたか分からないのに。

「お前がここで生きていると知った時は、少し驚いた」
「どうして?」
「だって、あのアムネジアだぞ。年中戦争をしている島だ。レギヲンは昔みたいに、いろいろな場所を攻撃したりしない。近年はずっとアムネジアに集中しているのに、帝国隊は薫のような戦災孤児を集めて兵士にすると聞いて、ぞっとしたよ」
「義兄さん、それは違う。アムネジアがあるから、他の場所が安全なんだ」
「……とにかく、お前がまだ無事でよかった。連絡をとるのに、やけに苦労したんだ。それにここは入るのは簡単だけれど、出るのが難しい島だってことくらいは、俺も分かっていたから」
「義兄さん、どうしてそこまでして……」
「お前を迎えに来たんだよ」
「え?」

 当たり前のように告げられて、息を呑んだ。目の前の義兄の表情は、崩れない。それどころか、笑っているようにすら見える。膝の上で握りしめた掌が、汗で湿っていく。

「どうして……?」
「どうしてって、当たり前だろう。ここはお前の家じゃない。あの島へ俺と帰るんだ」
「だ、だめだよ、義兄さん」

 ガタッと湯飲みを置く。
 目の前の義兄は顔色ひとつ変えないで続けた。

「俺の贈ったプレゼントと、約束を忘れたのか?」
「い……、いや!」

 ショックで動けない薫の腕を、清二は思い切り引っ張った。慌てて振り払うが、上手く力が入らない。違和感を感じると同時に、ぐらりと視界が傾く。

「……あ、れ?」
「心配するな、お前が逃げないように、ハイビスカスティーに睡眠薬を入れただけだ」

 霞んでいく視界の隅に、麻縄を握る義兄の姿が映る。油断していた自分もいけないが、まさか予想も出来なかった。
 ギシ、ギシと両腕にめり込んでいく縄。まだ治りきっていない火傷の鈍い痛みが、その下を縫うようにして走っていく。

「……やめて、や、めて」
「何も心配するな。昔に戻るだけだ」
「義兄さ……、」

 あっという間に体の自由が奪われた薫は、そのままぐったりと意識を手放した。

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