思ノ子
 失思ノ子 / 篤


 更衣室でパイロットスーツに着替えた篤は、自分に課された任務を今一度思い返し、その重責に震えた。
 他ポイントの戦闘が終わるまで、とにかく一人で耐えなければいけない。一分、一秒でも長くレギヲンを引き止めることが自分の任務だ。
――出来るだろうか、いや、遂行しなければ。

「篤」

 隣で着替えていた達貴が、萌黄色の瞳を見開いてじっとこちらを見上げていた。

「四十万班長はああ言ったけれど、本当に危なくなったら逃げてほしい」

 その向こう側でパンツを脱いでいる修羅も、今日ばかりは否定することなく黙って聞いている。

「サンキュ、でも何とかなるさ」
「僕はこんな作戦、納得できない」

 奥のベンチに座っていた薫が、はっきりと言い切った。はっとしてそちらを振り返るが、俯いたままで顔をあげない。

「もう決まったことだろ」
「いやだ!」
「薫……」

 まるで子供のように首を振る薫に、更衣室は静まり返った。廊下の外から聞こえてくる非常警報の音だけが空しく響く。こうしている間にも、レギヲンは接近していているのだ。

「……少し二人にしてくれないか」
「でも、」
「すぐに後から追いかけるから」

 篤の困ったような表情を見て、達貴たちは「分かった」と部屋から出ていった。
 あとに残った篤と薫の間には、沈黙がしばらく流れる。薫は、真っ白になるほど唇を噛み締めて黙ったままだ。

「薫」

 仕方なく目の前にしゃがみ、そっと顔を覗きこむ。すると、薫の瞳に溜まっていた涙が、彼の細い顎へと透明な筋をつくって滴った。思い詰めていた表情が、幼く歪む。

「だって」
「え?」
「だって、ずっと一緒にいるって……、篤が、言った」
「……」
「一緒にいるって、篤が、」

 それは、十年前に出会った時に伝えた言葉だ。未だに彼の中でその言葉が生きているのだと知り、静かだったはずの胸の内側が波打つ。
 隣に座って、金糸のような髪を慰めるように撫でたが、薫は嫌がってめちゃくちゃに篤の胸板を叩いた。

「バカ、バカ! 嘘つき」
「そんな顔するなよ」
「いやだ」
「俺が頑丈なの、知ってるだろう」
「でも」
「薫が一番、知ってるはずだ」
「……、でも」
「お前が俺を信じてくれなきゃ、誰が信じてくれるんだよ。頼む」
「…………」

 自分の胸の上で固く握りしめられた掌を、優しく包む。透明な湖面のように透き通った瞳が、微かに揺らいだ。

「僕……、ほんとは帝国隊じゃなくたっていい」
「え?」
「篤と一緒にいられるんなら、ケージを出てもいい。どこか遠い、篤が言ってたオーロラが見えるような場所で、ずっと、二人で……」

 感情のままに思いを吐き出す薫を、篤は力いっぱい抱きしめた。
 びくん、と腕の中で震えた、自分より一回りも二回りも小さい体。いい匂いのする髪に鼻先を埋めると、体幹が引き絞られたみたいに熱くなって、何故か泣きそうになった。

「薫と一緒なら楽しそうだ。……なあ、薫。戦争を終わらせて除隊したら、本当にそうしようか」
「……え?」

 こんな別れがくるなんて、想像もしていなかったのに。

「俺が育った孤児院も見せたいし、オーロラだって見せてやる」
「……本当?」
「すげー寒いけどな」
「あ、篤と一緒なら、……平気」
「俺がずっと手繋いでてやる」
「ずっと二人で?」
「ああ」
「……じゃあ、絶対に、死なない?」
「当たり前だろ」

 無理やりに張った虚勢はどうやら見破られなかったようだ。
 その証拠に、薫の表情が少しだけ和らぐ。

「……約束だよ」
「ああ」

 ようやく納得してくれた薫に安堵しつつも、純粋な彼に嘘をついた罪悪感と切なさに胸が張り裂けそうになった。
 けれど、どこかで折り合いをつけなければならない感情に蓋をする。
 自分には、これが精一杯だった。

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