南向きのダイニングには、すでに白んだ光が差し込んでいた。コンロに置かれたポットからは、しゅんしゅんと小気味いい音がする。父か妹がやったのだろうか。
しかし、昨日聖夜が用意した二人分の夕飯の皿は、テーブルの上にそっくり残っていた。
「……はあ」
「あれ、お兄ちゃん」
すぐ隣に備え付けられた、シャワー室のドアが開いた。キャミソール姿の、二つ年下の妹だ。
「まりあ、いつ帰ってたんだ」
「さっき」
「さっきって……、もう朝じゃないか、女の子がこんな時間まで、」
「もう、心配しすぎ」
やきもきする聖夜を他所に、まりあは長い髪をタオルで拭きながら、コーヒーを手際よくいれた。「お兄ちゃんのぶんも入れてあげるから、パパには内緒ね」と頬に軽くキスをし、これ以上は追求するなと窓際のテーブルについてしまう。
黒髪の似合う端麗な妹は、負けん気が強く男勝りな性格だ。昔はよく男の子と喧嘩しては、擦傷や痣を作ったので、兄の聖夜をいつもはらはらさせた。まりあの膝小僧にぺったりと絆創膏を貼って「もうケンカしちゃだめだよ」と心配しても、まりあはちっとも言うことを聞いてくれなくて……。
今だってそうだ。ここのところ目立つ朝帰りを注意しても、本人はまったく悪びれない。
「朝ごはん何?」
「野菜スープとパンと……、昨日のご飯が余ってる」
「さっきお皿に乗ってたやつでしょ、お兄ちゃんのハンバーグおいしいからラッキー!」
「…………」
無邪気にはしゃぐ妹を見て、怒れないでいる自分に呆れてしまう。
それでも愛しい家族には変わりはなかった。
聖夜は慣れた手つきでロールパンにナイフを入れると、温めなおしたハンバーグをレタスと一緒に挟んだ。それを皿に盛り付け、コンソメを落とした簡単な野菜スープと共に、テーブルへ持っていく。
まりあは華奢な細長い足を組み、コーヒーのマグに口をつけて窓から外を眺めていた。
「お兄ちゃん。今日、一般居住区の学校は全部休校なんだ」
「え?」
「昨日一斉メールが来たの。言われてみれば、管制塔のライトが昨日の夜から消えないし。今年はきっと戦争になるって、みんなが言ってる。お兄ちゃんだってそう思うでしょう?」
鋭い妹の視線に、思わず俯いてしまう。
「僕には、そんなこと分からないよ」
「はぁ、お兄ちゃんっていつもそう」
唖然とした顔で髪をかき上げたまりあは、盛大に息衝いた。
「毎日訓練しておいて、今更何言ってるの。レギヲンを倒すためでしょ?」
「そうかもしれないけれど」
「そうかも、じゃなくて、そうなのよ!」
「……そんな大きい声出さないで」
聖夜の秀麗な眉が下がる。
「ほら、スープ冷めるから」
困ったように野菜スープの皿を勧めながら、聖夜は溜め息を飲み込んだ。それは喉のあたりで行き場を失うと、体の内側に霧散した。