ヒステリーな女性の叫び声。僕の手を掴んで引っ張る細い指。
痛い、こわい、やめて!
声にならない恐怖に頭がいっぱいになって、力一杯、手のひらで押し返した。
そこは膨れたお腹だった。
意図的じゃなかった。けれど、そこに赤ちゃんがいるのを咄嗟に理解した。
落ちる、落ちる
暗闇の中を
真っ逆さまに
「芽太?」
名前を呼ばれて、はっと目が覚めた。顔を覗き込む奏一に、焦って壁の時計を見る。もう夕方の五時だ。窓の外には血のような夕焼けが広がっていた。
「おかえり奏ちゃん。ごめんね、うたた寝しちゃった。今からご飯作るから」
壁にかけたエプロンを慌てて手に取る。
食堂から帰ってきて、リビングのソファでぼんやりしている間に眠ってしまったらしい。昨夜はほとんど眠れなかったので当然と言えば当然ではあったが、奏一の訓練が終わる前に夕飯を準備しておきたかった。
「今日食堂行ったんだってな。蓮から聞いた」
「う、うん。そうだったの」
一瞬どきっとする。けれど別に何も後ろめたい事などない。あまり気にしないでキッチンに向かおうとすると、奏一に手をとられた。
「あいつと何かあったか?」
「え?」
「しつこく芽太のことを聞いてきた。お前のことが気になるって」
「それは、僕が調子悪そうに見えたから、気になるって意味なんじゃ……何もないよ」
嘘なんかひとつもない。それなのに奏一の顔は見たこともないほど険しい。
「奏ちゃん……?」
「二人で抱き合ってたっていうのは本当か」
「え?」
思わず聞き返してしまう。間違ってもそんな事にはなっていない。必死で記憶を辿りながら、そういえば最後に立ちくらみがして体を支えられたことを思い出す。
「違うよ、ちょっとふらついたのを支えてくれただけで」
「もう食堂には行くな」
あまりに話が飛躍しすぎだ。理不尽な要求に、芽太は思わず口を噤む。
奏一も自分で分かっているのだろう。苦しげな表情なのに、けれどどうしても譲りたくないようで、芽太の両手を掴んで放さない。
「そんな……大げさだよ」
「大げさじゃない。本当は誰にも見られたくない。首輪つけて閉じ込めておきたい」
「奏ちゃん……?」
「俺だけが芽太のこと全部知ってる。花が好きなところも、料理が上手なところも。黒子の数も、前立腺の位置も。俺が毎晩突っ込むから、アナルが縦割れになってるのも芽太は知らないだろ」
内容の卑猥さに真っ赤になる。それ以上言わないでほしい。泣きそうな顔で首を横に振っても、奏一はやめてくれない。
「今朝だって、尿道ブジーのサイズひとつ大きくできたもんなあ」
「やめて!」
堪らずに声を上げる芽太に、何かがふっきれたように奏一は顔を上げた。その瞳の冷たさに、思わず凍りつく。
「シャワー浴びる。あいつの香水臭い」
まるで言葉の鎖だ。
泣き出す芽太に構わずに、奏一は芽太の手をひくとシャワー室に向かった。