「どうしよう…左門…三之助くん…作兵衛くん…」

ぐずぐず泣きながら山の中を歩き続ける少女は忍術学園に通うくのたま三年生の神崎名前。
名前は忍術学園三年ろ組の神崎左門の双子の姉で、今日はちょっと町まで買い物に行こうとしたところ、うっかり逆方向の道へ歩き出してしまってそのままさ迷っているのだった。
残念なことに彼女は双子の弟である左門と遺伝子を同じくしているだけあってひどい方向音痴なのだ。
慣れ親しんだはずの学園内でも行方不明になる、迷子トリオとして忍術学園では有名だったりする。
なんとも不名誉な称号だけれども、名前とて迷子が直せるならとっくに直しているのでどうすることもできなかった。

「ぐす…うう、もう帰りたいよう…」

名前の弟である左門は迷子になった時その決断力でもって悩む事なく道を選び取るけれど、名前は違う。
名前には弟とは対照的に迷い癖があった。
どの道を選べば正解なのか悩みに悩み、そうやって悩んでいるうちにわけが分からなくなって、そうして冷静な判断力を失ってしまうのだ。
その結果、たいていの場合、名前はまちがった道を選んでしまう。
とはいえ左門がきめた道が正しいことはほとんどなく、最終的な結果は同じなのだけれど。

とにかくそういったわけで今回もちょっと冷静に考えれば尾根を探すなり木に登るなりすればいいと分かるのだが、名前は迷った結果とにかく歩くことを選択してしまった。
そうして山中を延々と一刻近くも歩き回るはめになったのである。

ちょっと買い物に行くだけだったのに…そう落ち込めば涙は際限なく浮かぶ。
もとより名前は担任である山本シナ先生に泣き虫を直しなさいと注意されてしまうほどの泣き虫で、人から見ればなんてことないようなことで一日一回は泣いているほどだ。
左門が呆れた顔でよく涙が枯れないなあと言うぐらいに。
そのうえ、今は迷子中なのでその泣き虫も余計にひどいのだった。

「だれか…たすけて…」

段々と歩く力も弱り、体力のつき始めた名前はとうとうその場にうずくまってもう一歩も動けなくなる。
そうすれば嫌な考えばかりが頭に浮かんだ。
わたし、このままここで死んじゃうんだ。
一度そう思いつくとそうとしか思えなくなる。
いつもなら探しにきてくれる作兵衛も今日は実習に出かけると言っていたのだ。
きっと熊に食べられて、誰にも気付かれない。
それで、あいつは方向音痴だからどこかへ行ってしまったんだって思われる。
左門もきっとそれで納得してしまうだろう。
だって左門だもの。

「う、うう、うああ、うわあああん!」

なんでひとりで出かけようなんて思ってしまったのか、名前は後悔するけれどもう遅い。
迷子になりたくないのなら出かけようとした時点でひとりは危険だと気付くべきだったのだ。
迷子の自覚があるくせに名前はいまいち警戒がたりないとは作兵衛の弁であるが、まさしくそのとおりだろう。
名前ははっきり言って、すこしばかり、とろかった。

「さもぉん!あいたいよおおお!」
「お?何泣いてるんだ名前!」
「だって、左門にもうあえな…え?」
「ん?」

きょとん、ふたりで顔を見合わせる。
名前が目をぱちぱちさせて、一度こすって、それからまた目をあけると、そこには確かに名前の双子の弟である左門が立っていた。

「さっ、左門…?」
「うん、どうした名前?」
「…さもおおんんん!!」
「うわっ!?」

がばり、すさまじい勢いで左門に抱きつくと、左門は驚きながらもしっかり抱きとめて名前の頭をなでてくれる。
名前のほうが姉とはいえ、泣き虫でとろい名前は左門にあまやかされてばかりだった。

「名前、よく分からないけど大丈夫だ、僕がついてるぞ」
「うん、うんっ!」
「よし、それじゃ忍術学園に帰ろう。早くしないと陽がくれる」
「うん」

まだ涙はあふれてぐずぐずとしてはいたけれど、名前は左門のやさしい声に必死でうなずいてぎゅうと左門の手をにぎりしめる。
もう二度と離れないと言わんばかりのそれに左門はにっこり笑ってにぎり返した。

「帰るぞー!」

そう言って仲のよい双子たちは、山の頂上に向かって歩き出すのだった。

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