どこか遠くで盛大に音をたてて何かが崩れる音が聞こえ、今まで静かに眠っていた狼たちがぴくりと耳を動かした。
大丈夫だと宥めるように名字先輩が狼たちを撫でると、すっと目を細めてくうんとまるで犬のように狼たちが小さな声を出す。
それに答えるようにふっと笑みを浮かべ、名字先輩はまた狼たちをそっと撫でてやる。
そうすれば狼たちは安心したようにまた眠りの世界へ旅立っていった。

「…すげー」

思わずそう呟けば名字先輩からちらりと視線を寄越され、びくりと体が揺れる。
名字先輩の俺を、というか人間を見る目は冷たい。
狼たちを見つめる目がどこまでも優しく愛しいものを見るものだから、その落差に余計に冷え冷えとして見えてしまうのだと思う。
体育委員長だってもちろん怖いし、あの面白がるような目で見られると寿命が縮む気がするけど、生物委員長の名字先輩だって相当だ。
とは言っても嫌われてる訳じゃなく、人間全般がどうでもいいんだって事は知ってるから悲観する事はない。
俺ひとりがあんな冷たい目で見られてたらもう恐怖で生きていけないけど、全員誰でも平等にそうなんだから。

「竹谷」
「はっ、はい!」
「毒虫たちの食事は用意したか」
「はい!」
「…大きな声を出すな」
「す、すみません…!」

表情の変わらないまま言われ、慌てて声の大きさを意識する。
もし、眠りに着いたばかりの狼たちが目覚めてしまえば一大事だ。
名字先輩は静かに、淡々と俺を抹殺するかもしれない。
明日の朝日は拝めないかも。
あり得なくもない事を考えながらごくりと唾を飲む込むと、名字先輩は気にした様子もなく狼たちに視線を戻した。
どうやら咎められる事はないらしいと分かって詰めていた息を吐き出す。
なんかほんと、心臓に悪い。

「竹谷」
「はいいっ!?」
「…声」
「あ、わ、すみません!」

ほっとした矢先にまた声をかけられつい妙な返事をした俺の方を見ないまま、名字先輩は狼の背中をゆっくり撫でた。

「竹谷、お前は動物が好きか」
「は、はい、好きです」
「鷹は」
「好きです」
「狼は」
「好きです」
「なら、お前に私の狼と鷹を一頭ずつ任せよう」
「…え?」

唐突にも程があるその提案にぽかんと口が開く。
え、え?
名字先輩、今なんて言った?

「お前はよく動物たちの世話をするし、この子たちも多少は認めているようだ」
「ほ、本当ですか!?」
「私がそんな嘘をつくと思うか」
「思いません!」

言い切れば名字先輩は小さく頷いて丁寧に世話をするように、と相変わらず冷たい表情で言う。
だけど今は全然そんな事は気にならなかった。
嬉しい、すっげえ嬉しい!
名字先輩が俺の事、認めてくれたんだ!
みるみるうちに自分の顔が緩むのが分かったけど止めようがない。

「名字先輩、ありがとうございます!」
「竹谷、声」
「あ、すみません!」
「………」
「…名字先輩?」

また同じやり取りをして謝ったのだが、名字先輩はふと全然違う方向を見て眉をひそめた。
その視線を辿ってみるけど、俺にはそこに何があるのかまったくわからない。

「名字先輩?何か…」
「そこで落ち込むのは止めろ」
「え?」
「騒がしいよりはマシだが、ここは生物委員以外がみだりに立ち入るべき場所ではない」

静かな名字先輩の声が小屋の中に響くとそれに答えるようにがたりと奥の物置が揺れ、そこから見覚えがある人が出てきた。
あれは確か…

「学級委員長委員会も活動時間ではないのか」
「学級委員長の子たちは僕と違って優秀だから僕がいなくたって大丈夫なんだ…」
「だとしても委員長がいないのは問題だろう。早く行け。邪魔だ」
「う…邪魔…邪魔か…そうだよな、僕なんて邪魔だよな…ああもう嫌だ…消えてなくなりたい」
「是非とも消えてくれ」

すっぱり冷たい言葉を投げかける名字先輩と、落ち込んでしゃがみ込む学級委員長委員会の委員長。
この二人、仲は悪くないらしいけど、絶対相性悪い。
ちょっと褒めればすぐに立ち直るのに、名字先輩は褒めずに追い出そうとするんだもんなあ。

「名字先輩、そんな冷たくしちゃだめですよ」
「優しくする理由がない。おい、早く消えろ。グズグズするな」
「ぼ、僕なんて…僕なんて!」

ああ、もう、名字先輩のせいで益々落ち込んでる!
こうなると長くなるから出来るだけ迅速に学級委員長委員会の誰かに迎えに来てもらわないと!
呼びに行くべきか、そう考えて名字先輩に声をかけようとしたのと同時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「委員長!こちらにいらしたんですか!」
「三郎…僕は…僕は…」
「委員長がいないと委員会を始められません。頼りにしてるんだから早く来て下さらないと!」
「頼りに…?」
「そうですよ!お願いします!」
「…そ、そうだよな、僕がいないと始まらないよな!ははは、よし行くぞ三郎!」

そう言って意気揚々と出て行く学級委員長に疲れた顔の三郎が続いて嵐のような騒がしさが収まり、ようやく小屋の中が静かになる。

「…竹谷」
「はい、何ですか?」
「お前に任せる鷹と狼によく教えておくがいい。この小屋の静寂を破るものに容赦は必要ない、と」
「…はい」

名字先輩から任された鷹と狼が学級委員長に情け容赦なく襲いかかる光景が頭によぎって、消えた。

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