俺が所属する会計委員会の委員長である名字男主名前先輩は食えない人だ。
いつでも笑みを絶やさず、動じる事なく冷静に対処される。
まるで最初からすべて分かっていたかのように、何事にも。
それはあの、忍術学園の歩く破壊兵器と呼ばれる体育委員会委員長に対してももちろん変わらない。

「体育委員会委員長として会計委員長に聞きたい事がある」

だから突然そんな事を言って現れた体育委員長に怯える事など当然なく、名字先輩は悠然と笑みを浮かべて答えた。

「何の用ですか。予算なら都合しませんよ」
「んなこたあ分かってるよ。聞きたいのは別の事だ」
「別の事?何でしょう」
「バレーボールの管理についてだ」
「バレーボールの管理?」

笑みを浮かべながら言う体育委員長に怪訝な表情で名字先輩は繰り返す。
ああ、そう言えば昨日の休み時間に小平太のばかたれがまたバレーボールを破裂させたばかりだ。
本人はバレーボールがやわなのが悪いなどと言うが、あいつが力加減をしないのが悪いに決まっている。
丁度同じ事を思い出しているのか小平太が何かを考え込むような様子だったが、体育委員長の手がぼすんと頭に置かれ、視線を上げた。

俺もそれにつられて体育委員長の方を見ると、体育委員長のにたりという笑みが目に入ってしまい背中にぞわぞわと悪寒が走る。
この、体育委員長が悪巧みをしている時の表情は普段から被害を受けている者が恐怖心を抱くには充分だ。
これからどんな恐ろしい事を言われるのか身構えるが、当然ながら体育委員長の用事は名字先輩にあるのでこちらを見る事は一切ない。
たとえそれが分かっていても、歩く破壊兵器の普段の行動を知っていればつい身構えてしまうには充分だった。
もちろん、放たれた言葉は俺には向けられる事はなかったが。

「うちの七松が昨日バレーボールを破裂させたんだが知ってるか?」
「ええ、もちろん知ってます。文次郎くんが報告してくれましたからね。それが何か?」
「思うんだが、バレーボールは学園の備品だよな?」

堂々と、何を言っている。
名字先輩も呆れたのか、用具委員が泣きますよと言うが体育委員長は気にした様子はない。
それどころか奴はますます笑みを深くして喉で笑い、俺はといえばその体育委員長の低い笑い声に意識せずに体が揺れた。
まったく、こんなのと平然と一緒にいる小平太の神経を疑う。
俺なら絶対にお断りだし、その内殺されそうな気さえする。
そんな後輩を痛めつけても平然としていそうな体育委員長は、今まさしく用具委員会の予算を圧迫して痛めつけようとしていた。

「予算は来年度まで組み直す予定がないんだったな?」
「ろ組同士、用具委員長とは仲がいいんでしょう」
「お前とも仲良しのつもりだぜ?」
「…ま、いいでしょう。用具には多めに予算を回してますからね。バレーボールの管理は用具委員会に任せます」
「今日の夕飯は奢る」
「結構です」

そんなやりとりのあと、体育委員長は賄賂ぐらい受け取れよな、と笑い、小平太を連れて部屋を出て行った。
ぱたん、障子が閉まる音を聞いてからようやくほっと息を吐き出す。
緊張、した。
…いや、ほっとしているバヤイではない!
あんな、不正と言ってもいい事を受け入れていいのか!?

「名字先輩!いいんですか!?」
「ああ、構いませんよ」
「ですが!」
「言っても無駄ですし。それに用具委員長も文句は言わないと思います」

留三郎くんは分かりませんけど、そう言って笑う名字先輩は仕方ないと言わんばかりだ。
しかしこれではせっかく組んだ予算が正しく使われない事になるのではないだろうか。
バレーボールの破損がある前提で体育委員会の予算を組んでいるのに、それが用具委員会に移るとなれば修繕や新しいバレーボールの購入に充てる筈の費用はどこにいくというんだ。
納得がいかない、という事をありありと表情に出しながら黙り込めば名字先輩はくすりと笑った。

「何がおかしいんですか」
「文次郎くん、今年度の体育委員会の予算は昨年度よりも少なくしてあります」
「…はあ、それが何か?」
「そして、用具委員会の予算は昨年度より多くしてあります」
「…?」
「彼も気付いていたと思いますよ」
「………」

それは、つまり。

「最初から、バレーボールの管理は用具に移す前提の予算だと…?」
「もし彼が予算の増減の意味に気付かず、そのままバレーボールの管理を続けるなら自分たちでアルバイトなりなんなりして何とかしてくれるでしょう?」

にっこり、楽しそうに笑った名字先輩を見ながら思う。
やはりあの体育委員長と仲が良いだけあって、俺の先輩は煮ても焼いても食えない方だ、と。

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