パラレルワールドという言葉がある。
この世界と似たような世界がいくつも存在しそれは同時に進んでいくけれど、様々な選択の違いによって迎える結果が異なっていくというものだ。
要はもしもの世界。
…だけど、でも。
もしもの選択だけでこんなに違いがあるもの、なの?

「男主名前?どうかしたのか?」
「鉢屋くん…ううん、別に何でもない」
「そうか?心配事のあるような顔をしていたが」
「大丈夫。ありがとね」

と、まあこの会話だけを見れば普通のようだけど、映像にしてご覧に頂くとまったく普通じゃない。
私の心配をしてくれた鉢屋くんは今現在、不破くんの背中にべったりくっついて離れないのだ。
ちなみに表情は大好きな不破くんにくっついているためご満悦。
何だかなあ。
呆れながら視線を不破くんに移せば不破くんは無表情で読書をしていた。
凄まじく怖い。
確実にMK5、マジでキレる五秒前。
とか考えてたら絶対零度の声音で不破くんが鉢屋くんの名前を呼んだ。
それに嬉しそうに返事をする鉢屋くん。
鉢屋くん気付いて!殺される!
なんて考えていたら不破くんが勢いよく上体を捻って鉢屋くんを振り払い、笑顔を浮かべた。

「うざいから隅っこで体育座りでもしててくれないかな?」
「ぐはっ!?」

不破様からのお言葉を賜った鉢屋くんは思いっきりダメージを受けて畳にひれ伏した。
大丈夫かな…と思いながら再び視線を不破くんに戻すと今度は普通の笑顔を浮かべた不破くんがぱたんと本を閉じる。
それから私にきちんと向かい合って男主名前、と私の名前を呼んだ。

「悩みがあるならいつでも言ってね」
「不破くん…」
「僕も一緒に迷っちゃうだろうけど、一人で悩むより絶対にいいよ」
「ありがとう不破くん!」
「雷蔵は天使!」
「…三郎はちょっと七松先輩とランニングでも行ってこようか?」

変なのが途中で混ざったせいで色々台無しだよ!
不破くんに叩きのめされてる鉢屋くんを見ながらため息。
ちょっと人をからかうのが好きなだけの鉢屋くんといつも優しい不破くんが懐かしい。
…何でこんな世界に来ちゃったかなあ。
私の知っている二人はこんな主従関係みたいな事にはなってなかったのに。
そもそも元の世界では私と不破くんたちはそこまで繋がりはなかった。
たまに話しをする事はあったけど、くのたまと忍たまが交流する事なんてそうそうない。
だというのに目覚めたらパラレルワールドにいて、しかも何か男装して忍たまとして生活しているよ!状態だったからこんな事に。
はあ…元の世界に戻りたい。

「男主名前、やっぱり悩みがあるんじゃないの?」
「…ううん、大丈夫。それより鉢屋くんを放してあげて」

鉢屋くんにチキンウイングフェイスロックを決めながら私の心配をする不破くんに半笑いで言うと、不破くんは事も無げに落ちたら放すよと笑顔で言い放った。
それ以上口を挟むのが怖くてそう、と頷く事しかできない。
ごめんなさい、鉢屋くん。
真っ青な顔になっていく鉢屋くんから目を逸らす。
と、目の前にまあるい目がどアップで映り込んだ。

「っ!?」
「あ、ごめんびっくりした?話しかけようと思ったらその前に振り向いちゃったから」
「う、ううん。私も全然気付かなかったから…」
「男主名前は気配悟るの下手だよねえ。そんなんじゃ暴漢に襲われても知らないよー?」

からからと楽しそうに笑う尾浜くんにそうだね、と笑い返す。
尾浜くんはもっと鍛えないとね、なんて言うけど私はくのいちになろうともましてやこのまま男装して忍になろうとも思っていないので、別に鍛える必要はない。
五年生までくのいち教室にいたのはなるべく結婚を先延ばしにしたかったからだし…。
この世界の私がどうして忍たまとして生活しているかは知らないけど。

「あ、そういえば尾浜くんにこれをあげようと思ってたんだった」
「え?なになに?」
「今日、一年は組のしんべえくんから飴を貰ってね。尾浜くん好きそうだと思って」
「いいの!?」
「うん、私はもうひとつ食べたし」
「っ男主名前!大好き!」

満面の笑みで尾浜くんががばっとのし掛かってくるのを支えきれず、私は情けない声を上げながら後ろへそのまま倒れていく。
確実に頭をぶつけて痛い思いをする予感にぎゅっと目をつぶった。
…けれど、私の体はぽすんと誰かに支えられ痛みなんて少しもやってこない。
そろりと目を開けて私を支える人物を見れば久々知くんが呆れた表情でそこにいた。

「勘右衛門、男主名前が怪我をしたらどうするのだ?」
「あはは、ごめんごめん!つい嬉しくって!」
「感謝しながら怪我をさせてどうする。…男主名前、大丈夫か?」
「あ、うん。ありがとう久々知くん」

お礼を言うとよしよしと頭を撫でられ、男主名前は良い子だなと微笑まれる。
ううん、同い年に対する言葉とは思えないぞ久々知くん。
というか私、これ本当に女だってバレてないのかなあ。
口調もいつも通りだし、男に見せようともしてないし、バレバレな気がするんだけど。
みんな分かっててスルーしてくれてるのかもしれない。
くのたまだった時には知らなかったけどみんな優しいなあ。

「ところで男主名前、新作の豆腐が出来たから味見をして欲しいのだ!」

…なんか変だけど。

「久々知くん、お豆腐の味見はいいけど今日は火薬委員会の仕事があるって言ってなかった?」
「豆腐の前に委員会の仕事は無力なのだ」
「…味見なら夕食の時にするから」
「むう…分かった、じゃあ夕食の時に!」

すぐに味見してほしかったらしい久々知くんはかなり渋っている様子ではあったけど、立ち上がって私の頭をひと撫ですると火薬委員会の活動のため部屋を出ていった。
委員長代理って大変だなあ。
久々知くんも竹谷くんもいつも忙しそうだもん。
そんな事を考えていたらばたばたと走る音が聞こえてくる。
これはたぶん、今頭の中で噂してた竹谷くんだな。

「男主名前いるかー?」
「たけ、」
「ってああああ!!勘右衛門っ!男主名前に張り付くなっていつも言ってるだろっ!」

名前を呼ぼうとした私の声は遮られ、怒った表情の竹谷くんに未だに私にくっついていた尾浜くんが勢いよくはがされる。
それから私を守るように背中に押し込めた竹谷くんは尾浜くんに説教を始めた。

「勘右衛門に抱きつかれたら男主名前が潰れるだろ!」
「潰れないよー。八左ヱ門は男主名前を何だと思ってるのさ」
「潰れるよ!男主名前だぞ!?潰れるに決まってるだろ!?」
「過保護過ぎて男主名前に失礼だよ。迷惑に思われても知らないよー?」
「過保護なもんか!迷惑だなんて…お、思ってないよな…?」

尾浜くんに食ってかかっていた竹谷くんが急に語気を弱めて不安そうな表情で私を見る。
私はちっとも迷惑だなんて思ってないから心配はいらないのになあ。
そう言おうとしたのだけど私の声はまたも遮られてしまった。

「竹谷くんってうざーい」
「竹谷くんってきもーい」
「竹谷くんってくさーい」
「おっ、お前らなあっ!」

鉢屋くん、不破くん、尾浜くんが順にそう言えば、竹谷くんは涙目になって怒り出す。
仲良しだなあみんな。
くすくす笑って竹谷くんにうざくもきもくもくさくもないよと言えば、竹谷くんはやっぱり涙目でありがとうと笑った。

「私が思うに男主名前は優し過ぎる」
「僕が思うに男主名前は可愛過ぎる」
「俺が思うに男主名前は天使過ぎる」
「俺が思うにお前ら男主名前の事を好き過ぎる」

お前もな!と三人が言えば竹谷くんは顔を赤くして俺は普通だよ!と怒りだして、また笑ってしまった。
…ああ、何だかんだ言って、私もずいぶんこの世界に馴染んでるのかも。
そんな事を思って少しだけ、悲しくなるのだった。

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