鉢屋三郎、という名前はくのたまの間でも有名だった。
六年生をもしのぐ実力を持ち、不破雷蔵の顔を借りる変装名人でいたずら好き。
年頃の女の子達が集まるくのたま教室できゃあきゃあ噂されるには充分な要素を持っていたのだ。
潮江文次郎先輩がよく言う忍者の三禁なんてものが頭を掠めようとも、くのたま達はまったく気にせず色恋の話をする。
というのも本気でくのいちを目指す子は少数で、行儀見習いとして在籍している子がほとんどだからだ。

かくいう私自身はくのいちを目指して忍術学園にいるのでそんな彼女達を微笑ましく見ているだけに留まっている。
それに私はくのたま教室唯一の五年生。
上級生たる私には恋に現を抜かしている余裕はない。
毎日必死に鍛錬を積み、いつか良い城に就職するために頑張っているのだ。
上級生になってからは忍たま達の中に混じって授業を受けたり、実習を行ったりする事も多い。
だから恋だなんて考えた事もなかったし、鉢屋三郎に個人的な興味を抱いた事もなかった。
…だと、いうのに。

「以前からずっと言おうと思っていたのだが、やはり私とお前が出会ったのは運命だと思うんだ。お前を一目見た瞬間から愛しくて愛しくて仕方がないし、目を離せなくなるようになった。それにお前のそばにいると不思議と心が安らいで悩みや苦しみがふっと消えてなくなるんだ。雷蔵にすら話せないような深刻な悩みでさえお前の顔を見た瞬間、解決できるような気がしてきて、その上実際に解決できてしまう。これはもう間違いなくお前が私の運命の相手だという事だ。私とお前は出会うべくして出会ったし、共に人生を歩んでいくのは決定事項でしかない。私はお前を好きだ、大好きだ、愛してる!さあ、私の腕の中に遠慮なく飛び込んでくれ!」

庭で逃げ出した毒虫探しをしていた私に突然そう言い出した鉢屋三郎は、恐怖を抱くのに充分な存在感を放っていた。
…え、いや、ていうか初めて話しましたよね?
いきなりそんな事を言われても反応に困る。
それになんていうか、一方的に運命とか言われても、怖い。

「あ、あの、ええっと、」
「さあ!今すぐ私に抱きつっごふっ!」
「ごめんね、名字さん。気にしないでくれると嬉しいな」

どう答えたものか迷っていたら不破雷蔵らしき方が鉢屋三郎らしき方を思いっきり殴って黙らせ、柔和な笑みでそう言ってきた。
ちなみに殴られた鉢屋三郎らしき方は頭を鷲掴みにされている。
怖い。

「あ、その、気にしてないです…」
「ありがとう。それじゃあ毒虫探し頑張って」
「あ、うん、ありがとうございます」

恐怖で気にしてないと言うしか選択肢がなかった私にやっぱり柔和な笑みを向けて不破雷蔵らしき方は去っていった。
ちなみに鉢屋三郎らしき方は引きずられていた。
怖い。

「あっ!名字ー!毒虫達は見つかったか?」
「あ、竹谷くん。ごめんなさい、まだ見つけられてないの。そっちはどう?」
「とりあえず三匹捕まえた!残りは十匹だ!急ぐぞ!」
「はい!」

生物委員会委員長代理の竹谷くんに促され、さっきの出来事は怖すぎたから忘れる事にして毒虫探しを再開した。
よし、張り切って探すぞー!

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