厳かな表情で賛美歌の旋律を紡ぐ彼の姿に惚れ惚れしながら私は神への祈りの言葉を口にする。
彼…立花仙蔵から視線をはずさないままの祈りなんて届く筈がないと思いながらも私はアーメンと結びの言葉を紡いだ。
他の礼拝者たちも私と同時に祈りを終えて静かに目を伏せ両手を握りしめていたけれど、私は未だ立花から目を離せずにいた。
賛美歌を歌っているのは何も立花ばかりではないのに私はただひたすらに彼の姿だけを見つめ、声を聞こうと耳を澄ませる。
もう数え切れないほど続けてきたその作業は簡単に立花の声を拾う。
冷たいようで優しい、立花の声は私の頭の中で反響してゆっくり体に染み込んでいった。

その感覚を味わっているうち、立花たちが歌う賛美歌がゆったりと終わりの時を迎える。
教会の高い天井に厳かに響き渡った賛美歌の残響まで終わればあとは神父様の言葉を聞いて今日のミサはおしまいだ。
神父様は慈愛に満ちた微笑みでもって心の暖まる言葉を私たちに伝え、イエス様の優しくも厳しいお言葉で本日のミサを締めくくった。
神父様の「気を付けてお帰りください」という言葉を背中に受けながら教会の外に出れば冷たい夜の空気が一気に体を包み込む。

「さむ…」

思わず呟いた声は震えていて、出た息は白い。
雪でも降りそうな寒さだ。
家に着くまでに降らなきゃいいんだけど。
そんな事を考えながら歩き始める。
今日は帰ってから何を食べようか、何か暖かいものがいいなあ、なんてぼんやりし始めたのも束の間、私はぐいっと腕を引かれて立ち止まった。
引っ張った相手の正体を確かめようと振り返る。

「立花…?」

私の腕を掴んでいたのは先ほどまで賛美歌を歌っていた立花だった。
教会から走ってきたのか息を切らせる立花に戸惑いしか生まれない。
私は何か立花にしてしまっただろうか。
もしやミサの間見つめていた事?
いや、わざわざ追いかけてきてまで言う事でもないだろう。
じゃあ何か別の事…たとえば神父様からの伝言とか、忘れ物とか。

「あの、大丈夫?」
「…少し、待ってくれ」

よほど急いだのか立花の呼吸はなかなか落ち着かない。
いつだって物事をスマートに済ませる印象の立花らしくない、珍しい姿だ。
とはいえ私も立花とそこまで親しい訳じゃないので、こういう立花を私が知らないだけなのだろう。

「…ふう、すまない。もう落ち着いた」

大きく息を吐き出した立花が苦い笑みを浮かべながら私に向き直った。
相変わらずさらりと流れる髪に視線を奪われながらどうしたのか尋ねると、立花はやっぱりらしくなく視線をさまよわせて口ごもる。
今日は何だか珍しい姿ばかり見るなあと思いながら立花の言葉を待った。
その間、不躾だとは思いながら立花の顔をぼんやり眺めてみる。
透き通るような白い肌、切れ長ですっきりとした目、艶やかな唇…何度見てもまるで作りものみたいな美しさだと感嘆してしまう。
その上、頭もよくて運動も出来るなんて神様は立花に二物も三物も与えすぎじゃないだろうか。
男の立花相手に言うのも何だけど、羨ましい美しさだ。

「っ、み、見つめすぎだ」
「え?ああ、ごめんなさい。それで、どうしたの?」
「…いや、その、だな。あー…少し、聞きたい事があるんだが」

立花はあちこち視線をさまよわせながらしどろもどろにようやくそれだけ口にする。
対する私は立花にはあと間の抜けた返事をした。
何だろう、立花から質問されるような事なんかあっただろうか。

「…い、いつも、私を見ているだろう」
「…ああ、うん。気持ち悪い事してごめん」
「いや、気持ち悪くなんか…。その、それはどうしてなのか聞きたいだけで」

…あれ、これはもしかして。
私の思い過ごしでなければ、もしや立花ってば私の事…?

「好き?」
「はっ!?」
「いや、私は立花の事を好きだから見てるんだけど、もしかして立花も私の事を好きだからそんな事を気にしてるのかと」
「な、あ、いや、」

違う?と確信を持って問いかければ、立花は白い肌を赤く染めながら黙ってこくりと頷いた。

「そっか。…嬉しい」
「わ、私も、嬉しく思う」

やっぱり視線をさまよわせながらそんな風に言う立花に、私はふふふと笑ってしまう。

「私、立花はもっと何でもそつなくこなすタイプだと思ってた」
「…私だって好きな相手の前では緊張も動揺もするさ」

ますます頬を赤くしながら顔を背けた立花に何だか胸がきゅんと切なくなる感覚がした。
その覚えがある感覚に私は確信する。
きっと私、今まで思い描いていたスマートでしれっと何でもこなす立花だけじゃなく、こんな風に動揺したり緊張したりする立花もきっと大好きになる、って。

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