久々知兵助はいつも私に豆腐料理をにこにこしながら振る舞ってくる、五年生の忍たまである。
他の生徒からは豆腐小僧などと呼ばれていて、おやつに高野豆腐を持ち歩いているとかいないとか。
そんな久々知の作る豆腐料理はかなりのもので、お呼ばれする度にぺろりとたいらげてしまうのが常だった。
今まで久々知から次々と繰り出される美味しい豆腐料理の数々にフラグがなんだとばかりに美味!と喜んでいたのは確かな事実…。

だが、しかし。
私はたった今、久々知の作る豆腐料理を今後一切口にしないと神に誓った。

「…ふ、太ってる…!」

そう、鏡を目の前にしてそう気付いた瞬間から。
何が原因なのか考えを巡らしてみればすぐその答えに行き着いた。
だって毎日三食おばちゃんの手料理を食べていれば栄養管理はばっちりな筈なのだ。
だというのに太った原因が週に2日ほどのペースで挟まれる久々知の豆腐料理にあるのは明らかだ。
美味しい美味しいとぱくぱく食べてしまうせいか、段々と久々知が作る量が増えてきて今ではもう食べれない!となるほどの品数が振る舞われているせいで週に2日はカロリー大量摂取日があるのだ。
そりゃ豆腐は低カロリー食品かもしれないけど何物にも限度というものがある。

「もう久々知の豆腐料理は食べない!」

そう決意して、数時間後。

「名前さん!今日新しい配合で豆腐を作ったんです!是非食べて下さい!」
「マジか…」

きらきら輝いた表情の久々知に私がそう呟いたのは仕方ないと思う。
決意したタイミングで新作の豆腐とか…空気読め。
しかし久々知の新作豆腐は気になる。
美味しいのは間違いないし、僅かな配合の差でこんなに違うのかといつも驚かされているのだ。

「…た、食べたい…!」
「はい、食べて下さい!」
「でも…でも、食べない!」
「えっ!?」

ぐっとこらえてなんとかそう言えば久々知はガーン!という効果音が付きそうな顔で口を開けて私を見る。
そりゃそうだろう、初めて久々知の豆腐を食べた日以外は一度も断らずにぱくぱく食べてきたんだしまさか食べないとは思わなかったに違いない。
私だって体重の事さえなかったら喜んで食べていただろう。
うう、白くツヤツヤと輝く豆腐が眩しい…。

「な、何でですか、名前さん!豆腐が嫌いになったんですか!?」
「嫌いになんてなる訳ないでしょ」
「じゃあ何でですか!?何で豆腐を…!」
「…しばらく控えた方がいいと思うんだよね」
「何でっ…!だって今までは…!」
「今とこれまでとは違うんだよ、久々知くん」
「そんなっ!」

…って何だこの別れ話みたいな会話は。
つい面白くて乗っちゃったじゃないか。
こんな会話を誰かに聞かれて付き合ってるとか思われたらたまらないし、話を本題に戻そう。
いや本題と言えば本題だったのは間違いないんだけどね。

「冗談はさておき、実は久々知くんが作ってくれる豆腐料理の食べ過ぎで太ったんだよね」
「え?太った?」
「そうなんだよ。だからちょっと体重を戻したくて」
「…全然太ってなんかいませんよ。誰かに言われたんですか?」
「いや鏡を見たらね、衣服の上からじゃ分からない肉がね…」
「分からないならいいじゃないですか!」
「分かるようになったらアウトなんだよ!」

私のなけなしの乙女心を理解しろ馬鹿野郎!
基本的に女の子らしさなんてものはほとんどない私でも一応、体重ぐらいは気にしている。
それにこっちの世界から帰った時、いきなり体重増えて太ってたらおかしいし。
神さまとやらが元のように戻して帰してくれるっていうなら話は別だけどね。

「まあとにかくそんな訳でしばらく久々知くんの豆腐料理は控えようと思うんだ」
「…そんな、」
「ほんと悪いね。でも体重戻ってきたらまた食べさせてよ」
「っ、嫌です!」
「えっ」
「今の俺は名前さんの為に豆腐作りをしてるんです!名前さんが食べてくれないならこんな、こんなものっ…!」

ぎゅっと握りしめた皿を持ち上げ久々知は豆腐を皿ごと捨てようと振りかぶる。
だけど豆腐好きな久々知が大事な豆腐にそんな事を出来る筈が無くて、結局出来ないままその皿を下ろした。

「久々知くん…」
「…これは名前さんが捨てるなり誰かにあげるなり好きにして下さい」
「あっ、久々知くん!」

ぐいっと私に豆腐を押しつけて久々知は素早く走り去ってあっという間に姿が見えなくなってしまう。
それをぼんやり見送ったあと、私は手元に残った豆腐を見下ろした。
久々知が私の為に作ったという豆腐は太陽の光を浴びてきらきらと輝いている。
それはまるで私に食べてくれと言っているように見えて、私はごくりと唾を飲み込んだ。

「…いただきます」

ご丁寧にも添えられていた箸を使い、ぱくりとひとくち。
食べた瞬間、これは今まで久々知が作ってきた豆腐とは明らかに違うという事に私は驚いた。
今でのすっきりとした甘みの豆腐とは違い、まろやかな甘みの強いデザートと呼んでも差し支えなさそうな豆腐だ。
黒蜜をかけたりしたらきっと美味しい…なんて、そこまで考えてはっとする。
そうだ、確かこの間豆腐を振る舞われた時に久々知は言っていた。
名前さんの好きそうな豆腐を開発中なんです、と。

「…ああ、もうっ!」

私の為、なんて言って作られた豆腐を無碍に出来る筈もなく、一気に豆腐をたいらげてから私は久々知が走り去った方向へ駆け出した。
どこにいるかなんて分からないけど、でも探し出して久々知に美味しかったと言わなければ!

何も考えずにいらないと言ってしまった事やショックを受けた久々知の顔を思い出しながら私は忍術学園の敷地をひたすら走って走って、四半刻は走った頃にようやく久々知の姿を発見した。

「久々知くん!」
「…名前さん」
「これ、ありがとう」
「あ…もしかして、食べてくれたんですか…?」
「うん、美味しかったよ。…いらないなんて言ってごめん」
「いえ、いいんです。俺も名前さんが美味しいって言ってくれるのが嬉しくていつも沢山作り過ぎてました。すみません」
「久々知くん…これからも私に豆腐を作ってくれる?」
「もちろんです!名前さんの為に俺、美味い豆腐を作りますから!」

がしっ!と音がしそうな固い握手を交わし、頷き合ったあと私の中の冷静な部分が思う。

綺麗な話だろ?
これ、豆腐の話なんだぜ…?

…と。


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