「やあ名前ちゃん、お帰り」

ずずずっとお茶をすすって片手を上げる雑渡さんがいるのは間違いなく我が家のリビングのソファである。
雑渡さんはお茶を飲みつつお茶請けのせんべいに手を伸ばし、ばりりとかじったあと私にお邪魔してるよ、なんて思い出したように言った。
…おせえよ。

「っていうかどうやって入ったんですか…」

きちんと戸締まりはした筈なのに何故に雑渡さんが私の家に侵入を果たしたのか是非知りたい。
教えて貰えたら今後一切侵入できないよう対策を立てさせていただく所存だ。
防犯対策はプロの泥棒に聞くのが一番とも言うし、侵入してくる本人が侵入方法をもらしてくれたらこんなにありがたい事はない。

「いや何、難しい事は何一つしていないよ。ただ単に合い鍵で入っただけで」
「はい!?何で雑渡さんが私の部屋の合い鍵を持ってるんですか!?」
「何でって…君と私の仲だから?」
「ただのお隣さんでしょうが!えっ、ていうかほんと何で!?」
「合い鍵をポストに入れとくのは感心しないなあ」
「ふざけんなオッサン!」

つまり私がもしもの為にポストに合い鍵を入れてるのを知った雑渡さんはその合い鍵を持ち出して侵入したと…そういう事な訳か。
ぐぬぬ、なんて劣悪な!

「顔が女子としてあるまじき状態になってるよ名前ちゃん」
「誰のせいですか!今すぐ鍵を返して下さいよ!」
「えー、それはちょっと…」

ずずず、なんてまたお茶をすすりながら言われてイラッとする。
だけどそんな私の苛立ちなんか気付いていないように雑渡さんはまあ座りなよなんて自分の隣りをぽんぽんと叩いた。

「不法侵入されてんのにそんな落ち着いてられないんですけど!」
「まあまあ、とにかく座りなって」
「…誤魔化されませんからね!?」
「誤魔化すだなんて人聞きの悪い。人を犯罪者みたいに言わないで欲しいね」
「不法侵入は立派な犯罪です!」
「犯罪なのに立派って矛盾してるよねえ」
「めんどくせえオッサンだな!」

ツッコミつつそれでも雑渡さんの隣りに座れば満足そうに頷かれる。
くそう、手玉に取られてるようで悔しいぜ…。
まあ実際、雑渡さんはやたらと口が上手いから毎度毎度こんな感じで言いくるめられて最後は雑渡さんの思うように運ばれてるんだけど。
…なんて言いながらそうやって何かと構ってくる雑渡さんがイヤじゃないと思ってるからいけないんだよなあ。
でも私が引っ越してきたばかりの時から雑渡さんは私が困っていれば手を差し伸べて必ず助けてくれた。
醤油が切れたとか些細な事から、空き巣被害にあった時に警察を呼んだり励ましてくれたなんていう大きな事まで私は雑渡さんのお世話になっている。
たまにおかしな言動はあるけどいざという時に頼りになるのが雑渡さんなのだ。

…まあ合い鍵を勝手に使った事は許さないけど。

「さて、ところで名前ちゃん」
「何ですか不法侵入者さん」
「ひどいなー、人をそんな呼び方するのよくないよ」
「ひどいのはどっちかよーく考えて下さいね?」

笑顔で言ってやるけどやっぱりそんな事は気にしない雑渡さんはまあまあなんて言って私の嫌味なんてどこ吹く風だ。

「で、何ですか?」
「うん、名前ちゃん誕生日でしょ?だからそのお祝いをしようと思ってね」
「え?あ、もう12時過ぎたんですね」
「名前ちゃんの誕生日を一番にお祝いしたくて不法侵入を果たしてしまった訳なんだ」
「隣りなんだし普通に自宅で待ってて下さいよそこは…」

祝ってくれる気持ちは嬉しいけど雑渡さんのしてる事は常識からはずれている。
まあこの人に常識を求めても無駄な事なんて知ってるし、今更何か言う気も起きないんだけど。

「まあいいじゃない。とにかくお誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
「うん、それでこれは私からのプレゼントだよ」
「プレゼントまで用意してくれたんですか!?うわ、なんか気を使って貰ってすみません」

かわいい紙袋を渡されて恐縮しながらそれを受け取る。
あ、これ最近人気があるアクセサリーのブランドだ。
意外とこういうの詳しいのかな、雑渡さん…ていうかこのブランドかなりいいお値段な気がするんだけど…。

「開けてみて」
「は、はい」

戸惑いつつ雑渡さんに促されて包みを開けるとそこにはきらりと光るダイヤが通された華奢なネックレスが。
め、めちゃくちゃかわいい!
でも高そう!

「ざ、雑渡さん、これ、」
「私が着けてあげるよ」
「え、あ、」

いいのかな、なんて困っている私に構わずすっと雑渡さんの手が伸びて来てネックレスが首に回される。

「うん、やっぱり似合う」
「………」
「かわいいよ」
「…あ、りがとう、ございます…」

こんな風に真正面から誉められる事なんて滅多にないからなんだか照れてしまう。
それでもなんとかお礼を言えば雑渡さんは気にしないでと頷いた。

「それじゃあお邪魔して悪かったね」
「いえ、こんなにかわいいネックレス貰っちゃって…本当にありがとうございます」
「使ってくれると嬉しいよ」

よしよしと私の頭を撫でてから立ち上がって、雑渡さんは私の部屋から出ていく。
それを見送ってから鏡の前に立って雑渡さんから貰ったネックレスを見てみると、普段アクセサリーはあまりつけないのに不思議と違和感なくまるでいつも着けているみたいにしっくりしている。
きっと私に似合うのを探してくれたんだろうなあ。
しかも一番に誕生日を祝いたかったなんて…意外とロマンチストなんだから。
…って、あれ…?

「そういえば私、雑渡さんに誕生日教えた事あった…?はっ!ていうか鍵も返して貰ってない!」

…え、雑渡さんてもしや、ストーカー…?
いやいやいや、まさか、うん、ほら私が誕生日だっていつか言ったのかもしれないし!
合い鍵も返し忘れて帰っただけだろうし!
ストーカーなんてそんな事がある訳ないよ、うん!

頭をよぎったいやーな想定をぶんぶんと振り払う私の今後は、きらりと光るダイヤだけが知っている。


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