「惨敗だ…」
「またか。これで何度目になる?」
「九回…」

がっくりうなだれて悲劇的な数字を言えば仙蔵は嬉しそうに目を細めて綺麗に笑う。

「もう諦めて私にしたらどうなんだ」
「女じゃないから無理」

仙蔵が本当に仙子ちゃんだったら喜んでお付き合いするけど、残念ながらこいつはどんなに美人でも結局男。
別に他の奴らが男と好き合おうがどうだっていいが俺は女の子がいい。
男がどれだけ頑張ろうとあの柔らかさは手に入れられないのだ。
ああ…だけど悲しいかな、俺は告白しては振られ告白しては振られ…今日でとうとう九回目。
いつになったらかわいい女子との嬉し恥ずかしなお付き合いが始まるんだ?
ま、まさか一生そんな機会来ないなんて……ないよな?
そんなの考えただけで地獄だ。
恐怖の想像を振り払い、ううっと頭を抱えると仙蔵が諦めの悪い奴めなどという批評をくれる。
言っとくけど俺は絶対に諦めないからな?
ていうか振られる理由が俺にあるならまだいい。
だけどな、理由がお前らと五年が俺を好きだからごめんなさいだぞ!?
納得できるか!

「女の子と恋したい…」

はあ、と盛大にため息をつく俺を見ながら仙蔵もふう、とため息をつく。
くそう、ため息すらさまになるとか嫌みな奴だ。

「なあ名前…本気で私にしないか?」

ぎりぎり嫉妬している俺をよそに、仙蔵はすっと目を細め切なげな表情で小さく笑って言う。
ぐうう、む、無駄に色気出しやがって!
一瞬頷きそうになったじゃねえか!

「お、俺は乗らんぞ!」
「試してみる、でもいい。私はそれでも十分幸せだ」

な、あの立花仙蔵がお試しでいいだなんてそんな事を!?
挙げ句に駄目か?などと言いながらそろりと俺の頬を撫で、蠱惑的な視線で俺を見つめてくる仙蔵にぐらりと理性が揺れる。
お試し、お試しでいいなら、少しぐらい…

「危なーいっ!!」
「ぐはっ!?」
「ちっ、」
「名前先輩駄目ですよ流されちゃ!先輩は俺と!お付き合いするんですからね!」

めっ!なんて言っている尾浜はとりあえず壁にめり込んだ俺を助けようか。
そんで仙蔵、舌打ちちゃんと聞こえたからな!
殊勝な態度は演技かこの野郎!
あのまま流されてたら女郎蜘蛛のように俺をがっちり捕まえて貪り食うつもりだったに違いない。
怖すぎる。

「ていうか尾浜、俺はお前と付き合う予定はないんだが」
「名前先輩にはなくても俺にはあります!」
「お付き合いって二人でするもんだよな!?」
「最終的には先輩もその気になってますって!」

何この子怖い!
邪気のない笑顔で無茶苦茶な事言ってますけど!?
後輩のぞっとする一面にビクついていると不機嫌の権化という雰囲気の仙蔵がひっくい声で尾浜、とにこにこ顔の後輩を呼ぶ。
俺だったら土下座する勢いで謝るところだがそこは流石の尾浜勘右衛門。
爽やかな笑顔で何ですか?なんて小首を傾げるときたものだ。

「邪魔をするな」
「立花先輩に惑わされそうな名前先輩をお助けしただけですが」
「ふざけるなよ、この狸が…」
「名前先輩、立花先輩が怖いでーす!」

止めてくれ、俺に振らないでくれ!
今にも焙烙火矢を持ち出しそうな仙蔵に怯えながらぶんぶん首を横に振る。
五年たち!誰でもいいから早く尾浜を連れ帰ってくれ!

「はいはい、お呼びですか名前先輩」
「どわっ!?は、鉢屋!?何でここに!?」
「ちょっと趣味で天井裏に潜んでいたので」
「どんな趣味だよ!?」

突っ込みをいれれば尾浜が三郎の趣味は名前先輩の日常観察ですよと教えてくれた。
え、マジで?
五年はなんなの。
結構本気で怖いんだけど。

「も、もうその話はいいや…それより鉢屋、尾浜を連れ帰ってくれ」
「ご褒美があるならやりますが」
「嫌な子!ご褒美って?」

しれっとした態度でご褒美を要求してくる鉢屋に一応は尋ねてみれば鉢屋は何故か満面の笑みを浮かべた。

「口吸い一回でいいですよ」
「お断り申す」

思わず武士のような言い回しをして断ればえー!と尾浜が文句を言う。
いや待て尾浜、何でお前が文句言うんだ意味分からん。
しかし鉢屋はケチだよな、なんて尾浜と頷き合っているので奴らには何か通じるものがあるんだろう。
もうお前らで付き合えば?

「はあ…何か疲れたしもう行くわ」
「なっ、待て名前!私と付き合うという話はどうした!」
「ごめんなさい、友達まででお願いします」
「っ、尾浜!鉢屋!貴様らがしゃしゃり出てきたせいだ!」
「僕たち何もしてないでーす!」
「立花先輩に魅力がなかったんじゃないですか〜?」
「しんべヱ・喜三太の真似をするなっ!」

とっとと抜け出した背後の部屋からどかんと焙烙火矢が弾ける音がした気がするが俺は何も関係ない。
しっかし本気で疲れたな…

「そんな時にはこれがオススメ!」
「うおっ!?いきなり何だ伊作!」
「疲れを癒やす滋養強壮の薬だよ」
「お、おう…ありがとう」
「さあぐいっと!一息に!」

にこにこ笑顔で突然現れ、しかも自然な流れで俺の心の声に答えた伊作は薬をぐいぐい差し出してくる。

「なんか怪しいな…」
「名前…僕の事を疑うのかい?」
「うっ、そのしょんぼりした顔は止めろ!悪い事してる気分になる!」

伊作の落ち込んだ顔に弱い俺は怪しいと思いつつも仕方なしに伊作から渡された薬をぐいっとあおる。
ぐ、何か妙にもたっとして甘い…。

「ど、どう?何か変化は?」
「変化?いや特に…」
「本当に?体が熱くなったりとか、頭がぼんやりしたりとか、僕にどきどきしたりとかは!?」
「…お前、俺に何飲ませてくれてんの?」

羅列される言葉から察するに惚れ薬とかそんなやつだよなこれ。
さらっとそんなもんを飲ませるとか…おっそろしいな伊作…。

「そんな…失敗してたなんて…!」
「いやまずお前は俺に謝れよ」
「そうですよ!何考えてるんですか善法寺先輩!ところで名前先輩、これ飲みませんか?」
「うお、いつの間に来たんだ不破!」
「善法寺先輩が名前先輩に怪しい薬を飲ませた辺りからです」

結構前からいたんだな不破…声かけてくれりゃいいのに。
五年は陰から俺を見るとかいう決まりでもあんのか?
いやいやまさか…なんて悩んでる俺に不破は気遣うように微笑んでお疲れならこれをどうぞと怪しげな薬を差し出してくる。
な、何かこの流れ覚えがあるな…。
しかし不破の落ち込んだ顔にも弱い俺は分かっていながら不破の薬をあおるのだから馬鹿だと思う。

「名前先輩、何か変化は!?」
「いや、特には…」
「そ、そんな…」

がくっと落ち込む不破に伊作が近寄りぽんと肩を叩く。

「僕のも失敗だったけど、諦めちゃだめだよ!」
「善法寺先輩…!」

美しい先輩後輩の姿に見せかけてるけどお前らやろうとしてる事はかなり卑劣だからな?
突っ込みをいれつつそっと距離を取ってとっととその場を逃げ出す。
うーん、今まで気付いてなかったけど不破って結構あれだな…。
頭が痛くなるなあと考えながら安息の地を求めて廊下を歩いていると、天井からしゅたっと久々知が降りてきた。

「何だ、どうしたんだ久々知」
「名前先輩、俺すごい事を思い付いたんです」
「すごい事?」
「名前先輩と豆乳が合わさったらすごいんじゃないかって」

…ん?
すまん、言ってる意味がよく…

「ぶおっ!?」

あまりな久々知の発言についていけず固まっていると目の前が急に真っ白になって顔中がびしょ濡れになる。
こ、これは…

「ああ名前先輩…やっぱり俺の考えは間違ってなかった…!」
「え、ちょ、」
「最高です…!」
「ちょっと待て久々知!名前に何してやがる!」

興奮した表情で迫ってくる久々知にはっきり言ってビビっていると俺の耳に救世主の声が届く。
け、食満!よく来て…ってうわああああ!?

「おまっ、鼻血!凄まじい鼻血!」
「はっ、す、すまん思わず興奮して!」
「何興奮しているんですか汚らわしい!」
「お前も興奮してんだろうが!」

鼻血をだらだら垂らしてる食満に対して久々知はよだれをだらだら垂らしている。
食べる気?
俺を食べる気なの?
しかも完全に食事的な意味で食べる気だよな!?

「ふざけるなよ久々知!俺は名前をそんな不埒な目だけで見ている訳じゃない!」
「ふざけているのは食満先輩です!俺は名前先輩を不埒な目でなんて一切見ていません!」

まだ不埒な目で見られてる方が安心できましたけど俺は。
ぞっとしながら二人が妙な言い争いをしてる間にすたこら逃げ出す。
本気で久々知には注意しよう…。

それにしても俺が落ち着ける場所が全然ない。
いつから忍術学園はこんな危険な場所になったんだ。
ふう、とため息をはきつつ歩いていると木のそばの茂みをガサガサやっている竹谷が目に入った。
また虫が逃げたのか?
あいつも大変だな…。

「…ん?」

な、何だ、何か背中に…

「うおっ!?」
「おわっ!?あ、名前先輩?どうかしたんですか?」
「た、たたた、竹谷!虫が!」
「虫?あ、はい今探しているところで…」
「背中!虫!俺の!」
「え?」

いる!間違いなく絶対に、いる!
俺の背中に虫が!
背中を虫が這っている気持ち悪い感覚に叫びそうになりながらばっと服を脱ぎ捨て背中を見せると、ようやく理解したのか竹谷が慌てて虫を回収してくれる。

「うう、気持ちわる…」
「すみませんでした、名前先輩!」
「ああいや、お前が悪いんじゃないし…」
「いえ、生物委員会の虫が逃げ出したんです、俺の責任です!」

竹谷…お前は真面目だな…。
必死に頭を下げる竹谷に服を着直しながら言うと竹谷はもう一度申し訳ありません!と頭を下げる。
こうなると俺の中で竹谷の株は鰻登りだ。
仕方ない、さっきまでのどうしようもない奴らの姿を思い浮かべると天と地の差なのだ。

「名前先輩に不快な思いをさせた責任を取って先輩の身の回りのお世話をさせて下さい!」
「いやいや、そこまで気にしなくてもいいって」
「いえ、やらせて下さい!俺、名前先輩の為なら何だってします!」
「大丈夫だから」
「俺の気が済まないんです!名前先輩の全部を俺が面倒見ますから…!」

…な、何か目が怖いんだけど何だこれ…。
しかも肩がっしりつかまれて痛いしちょっとヤバいんじゃないかこれ。

「名前先輩…俺に先輩を下さい」

どうしてそうなった!
竹谷全然まともじゃない!
まともじゃないよこれ!
目の瞳孔開いてるしなんなの!?
助けて誰か!

「何をしているんだ?」
「っ!な、七松先輩…」
「名前に、何をしているんだ、竹谷」

…何あれ怖い。
竹谷が俺から体を離すと今まで見えなかった小平太の姿が視界に入った。
小平太の口元は笑ってはいるが目が明らかに殺意を帯びていて、友人である俺でも震えそうになる威圧感を纏っている。

「…名前先輩と俺の間の事に七松先輩は関係ないですよね」

た、竹谷!
止めろ死ぬ気か!
思わず竹谷を庇いそうになったが、そんな俺の動きはいつの間にか背後にいた長次に止められた。

「少しお前とは話をしなければならないようだな」
「…名前先輩、先ほどの話はまた後日に」

話だけなら聞くから、死ぬなよ竹谷…!
静かに立ち去る二人を見送り、ぐっと拳を握る。

「…ところで長次、距離が近いんだが」
「そうか…」

いやそうかじゃなくてだな、離れてくれないか。
背後から吐息がかかる距離は友人同士にしては近いと思うぞ。
長次が離れてくれないので自分から離れようとすると、ねとりと首筋に舌が這う感触がした。

「っ!?」
「…豆乳の味がするな」

はっ!?いやいや、えっ、何!?
今お前舐めました!?
予想外の事態に唖然としていると長次は何も言わずに立ち上がり静かにその場を去っていった。

「…何あれ怖い」

ろ組はやっぱりよく分からん。
はあ、とため息をついて再び歩き出し、俺はそのまま会計委員の部屋に向かう。
静かな部屋を開けるとそこには想定通り文次郎がいた。

「何だ随分と疲れているな」
「隈がひどいお前に言われたくない。ちょっと寝かせて」
「構わんが静かに寝ろよ」
「へいへい、了解ですよ」

文次郎のお小言に返事をしながらごろりと横になる。
んー、やっぱり…

「ここが一番落ち着くな…」
「なっ!?」
「ぐかー…」
「…も、もう寝てやがる、くそ…」

顔を赤くして頭を抱えた文次郎がこのあと他の奴らから襲撃にあったらしいが、俺は何も知らずにひたすら眠りこけるのだった。

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