「あっ、名前さん!」

後ろから声をかけられて振り向けば全開の笑顔で近寄ってくる久々知と、その後ろでこれまた全開の笑顔な尾浜がいた。
思わずげえっと顔をしかめたくなるのをぐっとこらえる。
久々知はまあともかく尾浜とは関わりたくないんだよね…。
だけどここで無視してしまえばあの女久々知先輩と尾浜先輩の事を無視したマジありえないんですけどぶっ殺したいとか言われる可能性がある。
それってつまり死亡フラグ。
関わりたくないけど無視も出来ない現状に頭を抱えたくなりつつ、とりあえずは二人にこんにちはと覇気のない声を返しておく。

「はい、こんにちは!名前さん今日のランチ、A定食に冷や奴ついてますよ!」
「へえ、そうなんだ。でも食堂で出る豆腐って久々知くんのに比べるとそこまで魅力を感じないんだよね」
「えええっ!?そ、そんな…そんなこと、」
「いやいや本当に。味が全然違うよ」
「う、嬉しいです…でも俺の豆腐なんてまだまだですよ」

久々知は顔を赤くしながら謙遜するけど事実として久々知の作る豆腐の方が断然美味しいのだから仕方ない。
そもそも私はそこまで豆腐好きな訳じゃないし。
豆腐なら何でもいいのでなく、久々知の豆腐が美味しいからあんなに豆腐だらけの料理でもぱくぱく頂けるのだ。
…って、何だこのモノローグは!
うっかり久々知エンドを迎えそうなモノローグをかき消すべく頭を振る。
昔から私は食べ物に釣られる節があるからな…気をつけないと。
そんな風に反省をしていると尾浜が何故か不服そうになーんかさあ、と唇を尖らせた。

「名前ちゃんって兵助には優しいよねー」
「…そんな事ないと思うけど」
「そう?俺にはそっけないけどなあ」

そりゃお前が苦手だからだよ!
心の中でそう言いながらもはははと乾いた笑いを返せば尾浜はちぇーなんて言って拗ねた表情を見せる。
こういう顔をしてればそう怖くないんだけどなあ…。
しかし油断は禁物だ。
気を抜いてるといつ妙なスイッチが入るか分からない。

「ところで二人とも授業は?」
「課題を終えたら自由時間なんだー」
「なので鍛錬でもしようかと思っていたところなんです」
「へえ、真面目だね」

久々知はともかく尾浜は意外だ。
自分から進んで鍛錬とかしそうにないのに。
ちょっとばかり失礼な事を考えてると尾浜はそれを察したのか何か失礼な事考えてるでしょ!とムッとした表情を浮かべた。

「いや、まあ…人徳の差って感じかな…」
「えー何それ!俺これでも学級委員長なんですけど?」
「へえ、似合わないね」
「ひどっ!?ねえちょっと兵助、名前ちゃんがひどいんだけど!」
「名前さん、確かに勘右衛門はふざけている事も多いけど優秀な忍たまなんですよ」
「久々知くんはいい子だなあ」
「えー!俺は?何でそこで兵助?」

不満の声を上げる尾浜にはいはいいい子いい子、なんておざなりな返事をすればそれでも満足したらしく尾浜はでしょ?なんてにっこり笑う。
そんな尾浜の様子に久々知もくすりと笑みをこぼし、私もついつられて笑ってしまった。

「あっ、」
「ん?」
「名前ちゃんが笑った」
「…はあ?いや、楽しけりゃ私だって笑うよ」
「でもあんまり笑いませんよね」

まあこんないつ死亡フラグ立ててるか分からない状況でそうへらへら笑ってもいられないし。
その上、前に一度うっかり食満の前で笑ったら大はしゃぎされて黙らせるのに体力をかなり使ってしまったのだ。
あれの二の舞は避けたい。
…いやあんな騒ぎになるのは食満ぐらいなもんだとは思うけど。

「何か得しちゃったなー。今日は良いことありそう」
「何言ってんだか」
「そうだぞ勘右衛門。名前さんの笑顔を見れた以上に良いことなんてあるわけないだろ」
「えっ、いやいやそういう意味じゃないから!」

慌てて久々知の言葉を否定するが何故か尾浜も確かにねなんて頷いて二人で納得している。
やめてくれ。
私はそんな風に言われるほど大層な存在じゃない。
そうは思えど私の思いを二人が汲み取る筈なんかなく、乱太郎がいたら似顔絵を書いて貰ったのになんて言っているのだから救えない。

「はあ…もういいや」

どうせ天女補正にやられてる人間に何を言っても無駄だ。
そんな無駄な事をするならこの場をさっさと離れるのが正解だろう。
尾浜先輩と久々知先輩が天女の取り巻きしてる!とか言われたらおしまいだし。

「じゃあ私は仕事があるからこれで」
「えーもうちょっと話そうよ」
「勘右衛門、名前さんは忙しいんだから仕方ないだろ?」
「そうそう、私も色々やる事あるんだよ」
「二人ともお堅いなあ。でもまあ仕方ないか。仕事さぼったりしたら名前ちゃんが怒られちゃうもんね」
「引き止めてしまってすみませんでした」

頭を下げる久々知とひらひら手を振る尾浜にまたねと声をかけ事務室に戻った私はまだ知らない。
この日尾浜が笑顔の名前ちゃんかわいかったなどと言い触らしたせいで翌日から忍たまが大挙して押し寄せるという恐ろしい悲劇を。

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