※夢主が男、三郎が女という性転換設定になっています。苦手な方はご注意下さい。



「…ん、んん…?」

草木も眠る丑三つ時、私はふと体の上に何かが乗っている気配を感じて目を覚ます。
これは…明らかに人が私にのしかかっている。
だけど目を開けなくても私はそれが誰なのか既に分かっていた。
私にこんな事をする人物はただ一人だ。
というかこんな事する人が何人もいたら困るんだけど。
そんな風に考えを巡らせながらぱちりと目を開くとそこには予想通り、にっこり微笑む鉢屋さんの姿があった。

「…鉢屋さん、何でまたここにいるの?」
「何で?何でだと?それが分からないほどうぶな訳じゃないだろう?」
「いやあのね、鉢屋さんここはにんたま長屋だから鉢屋さんは入っちゃダメなんだよ?」
「私達の年頃ならば出入りぐらいあって当たり前だ」
「それが恋仲だったらそうだけど、私と鉢屋さんは恋仲じゃないよね」

だからダメ、と諭すように言うと鉢屋さんはうっすら頬を赤く染めて微笑む。
それから嬉しそうな声で名前に叱られた…なんて小さく呟いてほうと息をもらした。
…何でか分からないけど、鉢屋さんは私に怒られるのが好きらしい。
鉢屋さんと仲の良い不破さん曰く、鉢屋さんは「被虐体質の変態」なのだとか。
うーん、まあそれは個人の感性の問題だからなんとも言えないけど私に向けられるのはちょっと困る。
鉢屋さんは悪い子じゃないけど、恋愛対象かといえばそうじゃないし…なんというか、積極的すぎてちょっと怖い。

「ところで鉢屋さん、そろそろ降りてもらっていいかな」
「私はその必要性を感じないな。何故なら私と名前が将来的に恋仲になるのは間違いないし、ならば今ここで体から始まったところでなんら問題ないじゃないか」
「いやいや大問題だよ!?それに私は鉢屋さんと恋仲になる予定も体を繋げる予定もないからね!?」
「ふふ、そう照れなくたっていいんだぞ?まあそういう所もまた愛らしいんだがそればかりでは事が進まない。私はそろそろ次の段階に進みたいと思っているんだ。しかし名前を待っていては何一つ進展しない。だからこうして自ら出向いたという訳だ」
「照れてないし進展する気はないから!」
「大丈夫、一度繋がってしまえばもう私から離れられなくなるさ」
「女の子が何言ってるの!」

ぺろりと舌なめずりをする鉢屋さんに恐怖を感じながらそう言えば、鉢屋さんはたまらないな、とよりいっそう獰猛な目で私をうっとりと見つめる。
こ、怖い!食われる!
はっきりとした危機を感じながら落ち着いて!なんて呼びかけるけど鉢屋さんの手は私の頬を愛でるようにゆるゆると撫で始めた。
どどど、どうしよう!
泣きそうになりつつ、それでも必死に手を伸ばして鉢屋さんの顔を押し退ける。
だけどその手もぱしりと掴み取られ、舌を這わされてしまう。

「は、ちやさん、」
「名前…」
「ご、ごめん!」

女の子にこんな事をするのは本当に申し訳ないんだけど、私もこのまま鉢屋さんに食べられてしまう訳にはいかない。
心苦しいけどここは強硬手段に出させてもらう。

「っな、」

私の頬を撫でていた鉢屋さんの手を掴み取り、思い切りよく引っ張って体の位置を逆転させうつ伏せの体勢にしてから布団に押さえつける。
それから両手を背中でまとめてしまえばくのたまの中でも優秀な鉢屋さんでももうこれ以上の手出しは出来なくなる。
まあこれは私の実力というよりは単純に筋力の問題なのでもし性別が逆だったなら私はとっくに食われていただろう。
うう、そう考えるとぞっとするなあ。
うすら寒くなる想像に身を震わせながらすっかり大人しくなった鉢屋さんの様子を伺う。
…静かだ。
とても静かだ。

「…鉢屋さん、一応言っておくけど今のこの体勢は何もしないためであって鉢屋さんが期待するような展開にはならないからね」
「な、何だって!?てっきり私は名前がとうとうその気になってくれたのかと!」
「何で動けないように拘束されたのにそう思っちゃうのかな…」

…いや、不破さんの言うように鉢屋さんが被虐体質だからだろうっていうのは分かってるけど。

「ええと、とりあえずそれは置いておくとして、そろそろ自分の部屋に戻った方がいいよ」
「嫌だと言ったら?」
「すごく困る」
「名前の困った表情もたまらないな」

えええ、何それ怖い。
…そ、そういえば不破さんが言ってたな。
鉢屋さんは私に対しては嗜虐趣味も兼ね合わせてるって。

「…あのー、鉢屋さん?」
「いつでもどうぞ」
「何を!?何もしないって言ったよね!?」
「では私が帰ると言うまで一晩中このままか?随分と焦らすな。ふふ、名前とならそれもまた一興だが」
「あのねえ、鉢屋さん…っ!まずい、鉢屋さんこっちに隠れて!」
「うわっ、」

がたん、と音をたてて鉢屋さんを無理やり押し入れの中に放り込み、すぐに布団の上に引き返して正座をする。
その正座とほとんど同時、部屋の戸に影が写り込んだかと思うとすっと戸が開かれた。

「…こ、こんばんは土井先生」
「名字…何故私が来たか分かっているな?」
「う、はい…騒がしくして申し訳ありません」
「こう騒がれては見逃してやる事もできないぞ。…とはいえお前が原因でない事は分かっているが」

土井先生がそう言いながらちらりと押し入れに視線をやる。
ばれてるとは思っていたけどそうされるとなんだか萎縮してぴくりと体が揺れてしまう。
うう、やっぱり見逃してもらえない、かな。

「…あの、反省文はきちんと提出するので許して頂けませんか?」
「はあ…そんなお人好しでプロになれるのか心配になるな」
「す、すみません。でも、」
「いや、もういい。速やかに布団に戻って大人しく寝る事。今回はそれで済ませてやる」
「えっ、本当ですか!?ありがとうございます!」
「早く寝るんだぞ」

私というよりは押し入れの中にいる鉢屋さんに向かって念を押して、土井先生が呆れ顔で部屋を出ていくと深いため息がもれる。
これは明日もう一度謝りに行かないとなあ…。

「…あ、ごめんね鉢屋さん、もう大丈夫だよ」
「………」
「鉢屋さん…?開けるよ?」

呼びかけてみても鉢屋さんからの返事がない事を不審に思いつつ、押し入れの戸を開く。
もちろんそこには鉢屋さんがいたけれど、何故か彼女は三角座りで顔を伏せて縮こまっていた。

「鉢屋さん、どうしたの?もしかして私が押し込んだ時にどこかぶつけた?」
「…いや、大丈夫」
「本当に?」
「ああ…その、名前」
「うん?何?」
「…ええと、だな」

珍しく口ごもりながら目の辺りだけをのぞかせて鉢屋さんは私をちらりと見上げる。
これも珍しい事に鉢屋さんの目には困惑の色が浮かんでいて内心首を傾げてしまった。
何で鉢屋さんが困っているのか分からない。

「…め、迷惑をかけてすまなかった」
「ああ、そんなこと。お咎めなしだったんだし、気にしないで」
「いや、本当にすまない。…それに、私の事を庇ってくれてありがとう」
「うーん、土井先生にばれちゃってたから庇えてなかったような…」
「いいや、そんな事はない。私は名前に守ってもらえて嬉しかった」

そう言って笑う鉢屋さんはいつもの雰囲気はまったくない、柔らかい笑みを浮かべていてなんだかどきりとしてしまう。
…いつもこんな感じだったらいいのになあ。

「名前」
「ん?」
「私は、名前のそういう優しいところが…す、好きだ」
「え、あ、ありがとう」
「…………そ、それじゃあまた!」

顔を赤くした鉢屋さんが押し入れの天井を上げてぱっと姿を消すけど、鉢屋さんらしくなく天井裏であちこちに体をぶつけながら去っていくのが分かる。
…うん、らしくない、よね。
あれが素なのかそれとも新しい作戦なのか…それは分からないけど、でも。

「あの感じでこられたら拒めないかも…」

なんて思いながら私はようやく長い戦いから解放されて眠りにつくのだった。

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