「おはよう、名前」
「………」
「目が覚めたらこんな状況で驚いているだろうが、まあ気にするな。少しばかりお互い気持ち良くなるだけだからな」
「…ね」
「ん?」
「死ねっ!くそ野郎!」

目が覚めたら目の前には同級生の男、しかも両腕が後ろ手に縛られ動けない上に水をぶっかけられてびしょぬれとなれば思わず死ねと叫ぶのは致し方ない事だと俺は思う。
つーかこんな状態にされるまで気配を察せないとか、どう考えても昼飯に薬盛られてただろ。
くっそ、仕込まれてたのに気付けなかったとか本気で腹立つ…。

「ちなみに薬は善法寺伊作先輩から頂いた特別製だ」
「ちくしょうどんな取引しやがった!」
「ふふふ、今回の私は本気だぞ名前。観念するんだな」

にやりとあくどい笑みを浮かべた三郎をぎりぎりと歯を鳴らしながら睨みつけるが、そんなものは何の効果も示しはしない。
それどころか抵抗されると燃えるなどとのたまう始末。
ああくそ、本気でくたばれ変態野郎…!

「さて、という訳で覚悟はいいか?」
「いい訳あるか!くっそ、誰か!誰かいねーのか!誰か!」
「もうすぐ午後の授業が開始する時間だから皆出払ってるぞ」
「何!?俺の皆勤が!」
「皆勤の心配をしているバヤイか」
「お前が言うな!」

入学して以来、一日たりとも休む事なく授業に出席してきたのは俺の自慢だというのに、この変態くそ野郎のせいでそれが崩れるなんてありえねえ。
授業を受ける為に骨折しても根性で出席したし、実習で失敗して帰れなくなりそうな時も強行突破したんだぞ!?
それもこれも親父秘蔵の刀を譲り受けるためだ。
俺が皆勤で授業を受けれたら譲ってやると入学の時に言われたから今まで頑張って休まずに来たのにそれがまさかこんな事で阻まれるなんて…ありえねえ。

「くっ、そ、そうだ三郎!取引をしよう!」
「ふむ、取引か…内容は?」
「そうだな…」

この状況を打破するような取引というと俺がかなり譲歩しなくちゃならんからな…内容は慎重に考えねえと。
三郎の要求は最後までだが、それだけは絶対になしだ。
だから取引の内容はそれに準ずるようなものでなければならないだろう。
となると…。

…………無理だ。

「か、考えただけで鳥肌が」
「どれ確かめてやろう」
「うわっ!やめろ変態!触るな!」
「失礼な奴だな。せっかく取引してやろうと思ったのに…気が変わった」
「なっ、何舐めて、っ!?」

べろり、三郎の舌が首元をなぞる。
妙な呪いのせいで女の体になってるからか、感覚の鋭くなっているそこはいわゆる性感帯というやつらしい。
ねっとりした感触に意図せず息が詰まって体が揺れると三郎はにたりと笑みを浮かべた。

「大丈夫だ、優しくしてやる」
「ざ、けんな!」
「その状態で何が出来る。私を相手にして逃げられるとでも?」
「はっ、上等じゃねえか…てめえこそ足を縛らなかった事を後悔するんだな!」

事を進めやすいようにする為か、縛られる事なく自由になっていた左足を振り上げて三郎の股間を狙ってやる。
それはすぐに三郎の手で受け止められたがそんなのは想定通り。
すぐさま腹筋と縛られたままの両手を使って上半身を起こし頭突きを狙う。
が、向こうもそれは読んでいたらしく三郎は上半身を反らせてそれをかわし、空いていた左手で俺の頭を押し返した。
その力に逆らわずに体を倒した俺は当然諦める気などさらさらなく、体を反らしたせいで不安定な状態の三郎の足を押さえられていない右足で攻撃。
すこしばかりぐらりと揺れた三郎だが、倒れたりはせずすぐに俺の足を掴み上げて方まで足先を引っ張り上げた。

「ぐっ、」
「抵抗はもう終わりか?」
「まだまだ…!」

と言うものの、この体勢から出来る事は限られていて三郎に動きを読まれるのは必至だろう。
はっきり言って手詰まりだ。
ちくしょう、こうなったら…

「この手だけは使いたくなかったが仕方ない…!」
「何をしようともう逃げられないと思うがな」
「それはどうかな…七松先輩抱いて下さぁぁあああい!!!!!」
「なっ、何!?」
「いけいけどんどーん!!!」
「早っ!?」

流石は野生の獣並の聴力を持つと言われる七松先輩…ああ叫べば一瞬で駆けつけると思ったぜ。

「ん?何で鉢屋がここにいるんだ?」
「何でも何も今は私が名前の相手をしているところです。七松先輩は退いて頂けませんか」
「今名字に呼ばれたのは私だ。退くのは鉢屋、お前だろう」
「………」
「退く気はないという訳か」
「この状況にこぎ着けたのは私ですから」

ばちばちと視線を交わし、張り合う三郎と七松先輩を尻目に俺はため息を吐く。
三郎に貞操を奪われるという最悪の事態はこれで何とか避けれたようだ。
あとはこの縄を解いて授業に滑り込みで間に合えば何も言う事はない。

「よし!かかってこい鉢屋!」
「名前は私が貰いますよ七松先輩!」

…部屋を壊すのは勘弁してくれよ、二人とも…。
そんな俺の切なる願いはもちろん届く事はないのだった。

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