学園長の思いつきに振り回されるのは忍術学園の生徒の日常である。
と、いう訳で本日も私たちは唐突に始まった忍たまくのたま合同サバイバルオリエンテーリングをさせられていた。
なんでも仲のよろしくない忍たまとくのたまの交流を深めるために開催されたらしい。
とか何とか言ってたぶん学園長がピクニックに出かけたかっただけだと私は思う。
この間青空の下で食べるおにぎりは最高じゃのう…とか呟いてるのを見かけたし。

まあその突然の思い付き自体は別に今更どうこう言ったってしょうがないから別にいい。
問題は忍たまと合同、というところだ。
最初に言ったように私たちくのたまと忍たまの関係はよろしくない。
それには私自身ももちろんぴったり当てはまって、特にひとつ年下の忍たま五年生たちとは関係が悪い。
なんでかと言えばくのたまはひとつ下の学年の忍たまへの攻撃…いや、歓迎会を開くという伝統があるため、くのたま六年生である私は忍たま五年生たちを可愛がってきた訳だ。
学年が上がるにつれてそういう事は減ってきたけど…入学したてで味わうくのたまへの恐怖は相当なものらしい。
今回のオリエンテーリングでペアを組む事になった竹谷は始終緊張した面持ちで黙りこくっていた。

「………」
「…あのさあ」
「えっ、は、はいっ!」
「その死にそうな顔どうにかなんない?」
「し、死にそうな顔してますか!?」
「むしろ死んでるね」

そう言えば竹谷は困ったように眉を下げてすみませんと謝った。
その顔を見てるとどうにも昔のぴいぴい泣いていた竹谷の記憶が蘇って落ち着かない。
今ではしっかりした体つきで頼れる先輩に見えるこの男も昔は泣き虫だったんだよー!とこいつを尊敬しているらしい忍たまの後輩たちに言ってやりたくなる。
もちろんそんな事はしないけど、なんというか、そう、私は竹谷を困らせたいのだ。
…つまり私は竹谷の困り顔が好き、というどうしようもない嗜好を抱えているのだった。

「…竹谷」
「はい?」
「何か喋って」
「えっ!?なんかって!?」
「早く」
「えーと、えーと、そうだ、この間後輩たちと山に毒虫の餌を採りに行った時なんですが…」

なんて、私の無茶ぶりに必死で答える竹谷の顔が焦りまくっていてかわいい。
これが恋かと聞かれたら非常に困るところだけど…でも竹谷の困り顔を好きだと思っている事だけは確かだった。
しかしこんな嗜好で恋をしてるとかだったらもう私は同級生の立花を笑えない。
S蔵とか言って散々バカにしてきたというのに…竹谷の件はバレないように細心の注意を払わなければ。
気付かれた時の事を想定しつつ、竹谷の話に耳を傾ければ話はいつの間に移り変わったのかこの間久々知兵助と尾浜勘右衛門の三人で美味い甘味屋に行った話になっていた。

「ていうか男三人で甘味屋とか行くの?」
「はい、勘右衛門が甘いもの好きなんで」
「へえ…じゃあ今度実習で作ったボーロあげようか」
「え…は、はい、いただき、ます…」

笑顔で提案すれば想定通り青い顔でこくりと頷く竹谷に胸が弾む。
きっと何か仕掛けられると考えているんだろう。
まあそりゃ当然仕掛けるんだけど。
竹谷にあげるからには塩をたっぷりいれてプレゼントするに決まっている。
そうして笑顔で美味しいよね?と問いかけてやろう。
涙目でボーロを食べる竹谷を想像すると…うう、楽しみで仕方ない!

「あ、あのー、名字先輩、そろそろチェックポイントだと思うんですけど…」
「ん?ああ、そうだね」

いけないいけない、竹谷の困り顔を想像するのが楽しすぎて現実から遠退いてたわ。
だいたい今目の前の竹谷がすでに困り顔なんだからまずはそっちを堪能しないとね!

「なんか名字先輩楽しそうですね…」
「ん?まあね。竹谷は死にそうな顔が治らないねえ」
「…すみません」
「いいけど別に」

謝る竹谷の姿を見ると鼻歌を歌いたくなるほど気分がいいし。
まあそれはそれとして、チェックポイントが近いという事は近くに罠が仕掛けられている可能性が高いという事だから注意しないと。
今回の忍たまくのたま合同サバイバルオリエンテーリングは上級生のみが参加なので、下級生がいれば使わないようなえげつない罠が結構仕掛けられている。
例えば毒虫たっぷりの落とし穴とか、一度かかると動くほどに絞まる縄とか、かかると衣類だけがズタズタになるように計算された罠とか。
まあえげつないのは主にくのたまが仕掛けた罠だったりするのはご愛嬌だ。
たぶんこのオリエンテーリングで忍たまとくのたまの溝はますます深まった事だろう。
非常に残念だ。

「ん?」
「どうかしましたか、名字先輩」
「何か、妙な音が…」
「妙な音…?」

言いながら音のする方を探す。
これは…地中?
…え、まさか!

「避けてっ!」
「うおっ!?」
「上手くかわしたようだな。流石は名字だ」
「立花、人の足元にからくり仕掛けるとはいい度胸ね」
「私が仕掛けたからくりの上にお前たちがのこのこ現れただけのこと」

しゃあしゃあと言ってのける立花に舌打ちして苦無を構える。
別に戦う訳じゃなく、まだ仕掛けられているだろう罠を防ぐためだ。
立花とペアを組んでいるくのたまの姿も見えないし、いつどこから何が飛んでくるか分からない。

「まあそう警戒するな」
「あんた相手に警戒しない馬鹿がどこにいるの?」
「ふふ、せっかく協力してやろうというのに」
「…協力?」
「実は私のパートナーから面白い話を聞いてな」
「嫌な予感しかしない」

嫌悪感を隠さずそう言えば、立花は喉で笑って視線を竹谷に流した。
それに従って隣りの竹谷を見れば意味が分からないという顔。
そりゃそうだ、まさかくのたまの先輩から歪んだ好意を受けているだなんて思いもしないだろう。

「え、あの、俺なんかしました…?」
「別に」
「別に」
「はあ…?」

声を揃えて言う私と立花に理解できないというような返事をして、竹谷はどうします?と矢羽根で問いかけてくる。
立花を撃退できるとは思えないし、協力とか望んでいない。
ここは退こう、そう送れば竹谷はこくりと頷いた。

「密談は済んだか?」
「あんたを叩きのめすいい方法が見つかったわ」
「それは怖い。だが…」

もう遅い、怪しく笑った立花がそう言うや否や、凄まじい勢いで私と竹谷は足元から飛び出してきた縄によってひとまとめにされる。
く、くそう、やられた…!
まさか時間差で発動する罠とは…。

「だあいせいこう〜!」

うふふと綾部の物真似をしつつ現れたのは私と同室のくのたまだった。
ああ性格悪いもの同士、気が合っちゃったんだね…と一瞬で察して笑ってしまう。

「名前ちゃん、失礼な事を考えてなあい?」
「考えてません」
「そ?まあいいけど。それじゃあ協力してあげたんだから頑張って!行きましょう立花くん」
「ああ。健闘を祈るぞ、名字」

健闘を祈るって…いや、そもそも私は別に竹谷とどうこうなりたい訳じゃ…って竹谷がさっきから一言も喋らない。
まさかどこか変なところぶつけて意識がないとか?

「竹谷?」
「………」
「竹谷?ちょっと、大丈夫?」
「…お、おほー!柔らけえ…!」
「は?」
「あ、」

やべえ、と呟いた竹谷は縛り付けられたせいで密着した私の胸に顔をうずめていた。
なにこれいみがわからない。

「な、あ、」
「せ、先輩…」
「こ、こ、殺す!」
「い、いや、これは不可抗力で!」
「知らん!殺す!」
「す、すみませんでしたあああ!!!」

縄で縛られたままばたばた騒ぎまくる私たちを見ていた立花たちが二人で爆笑していた事なんて、羞恥心でいっぱいの私にはもはやどうだっていい事だった。


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