「明日には名前さんはいなくなっちゃうかもしれないんですよね」

伏木蔵くんと二人でお茶をしていた時、ぽつりとこぼされたその言葉にびくっとしてしまう。
お別れを言いたくなくて昨日からずっと気付いてない振りをしてたのに伏木蔵くんから急にそんな風に言われちゃったから。
でも、やっぱりそうだよね、お別れはちゃんとしなきゃいけない。
伏木蔵くんがこんな風に泣きそうな顔になりながらそれでも言ってくれたんだから、私もちゃんとしなきゃいけないんだ。

「…伏木蔵くん、私ね、いろいろ怖い思いをした」
「はい…早く帰りたいって、名前さんはいつも思ってましたよね」
「うん。…だけど、ここに来て良かったって思える事もあったんだよ」
「良かった、事…?」
「伏木蔵くんや昆奈門さんに会えて嬉しかった。色んな話を聞いて、三人でお茶をして、ごろごろして、お昼寝して…すっごく楽しかったよ」
「本当に?」
「うん。伏木蔵くんが声をかけてくれなかったら私、きっと寂しくて苦しくてやっていけなかったと思うし」

私に着物の着方を教えてくれたのは伏木蔵くんで、井戸の使い方、火の起こし方、いろんな生活に必要な事を教えてくれたのも伏木蔵くんだった。
学園の施設や何をする場所なのかとかも全部きちんと説明してくれたし、危ない時は注意してくれた。
いつも伏木蔵くんが近くにいてくれて私の手を引いてくれた。

「…あの時、伏木蔵くんが大きな声で止めて下さいって言ってくれたでしょ?」
「はい…」
「私、伏木蔵くんの声に安心して、嬉しくて、泣きそうになったんだよ」

今も思い出すと涙が滲んで来る。
私の味方がいるんだって、私を信じてくれる人がいるんだって、そう思うだけでなんだか胸が苦しくなるぐらい嬉しい。

「伏木蔵くん、本当に今までありがとう。…お世話に、なりました」

できる限りの感謝を込めて頭を深く下げる。
伏木蔵くんには感謝してもしたりない。
伏木蔵くんは小さいけど頼りがいがあって、私を引っ張って行ってくれる大好きで大切な友だちだもの。

「…名前さん、僕も名前さんが来てからすごく楽しかったです」
「本当に?」
「はい。名前さんは何だか放っておけなくて、話してると面白くって、いつの間にか僕、名前さんの事を大好きになっていました」
「…そっか、ありがとう」
「名前さんを先輩方から守るのは怖かったけど、スリリングでエキサイティングでした」

伏木蔵くんがうふふなんて笑うから、私もつられてふふふと笑う。

「名前さん、すっごいスリルをありがとうございました。…それから、」
「それから?」
「また、必ず遊びに来て下さいね。僕はずっと待ってますから」

約束ですよ、そう言って伏木蔵くんは右手の小指を私の前にすっと出す。
…指切りしようって事なのかな。

「名前さん」
「…うん」

伏木蔵くんに促されて私も小指を出す。
当然のように伏木蔵くんの指と私の指は繋がらない。
だけど伏木蔵くんは気にせず指切りの歌を歌った。

「いいですか、名前さん。僕が卒業するまでに必ず会いに来て下さいね」
「努力するよ」
「もし来なかったら…」

そこで一度言葉を切って伏木蔵くんはうふふ、とまた笑う。

「名前さんのところに針千本飲ませに行きますから、覚悟しておいて下さい」
「…肝に銘じておきます」

伏木蔵くんならできる。
たぶんできる。
きっとできてしまう。

「絶対に会いに来れるように近所の神社にお参りしよう…」
「僕も名前さんが来れるように祈っておきます」

そう言って笑い合った私たちは、きっとまた会えるだろう。
だってこんなに心が通じ合ってるんだもの。


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