いつもみたいに睨まれながら食事を終わらせた食堂からの帰り道、その子は現れた。
無表情で蛇を首に巻いてる綺麗な顔立ちの男の子。
いつもなら遠くから睨むだけのその子はなぜか私の目の前に立ちふさがって真っ正面から睨みつけてくる。
…避けたらまずいかな。
まずいよね、やっぱり。
でも話しかけるのもまずい気がするんだけど…どうしよう。

「…消えろ」
「…え?」
「今すぐ消えろ、天女…!」
「っ、」

ここに来て、二週間ぶりに伏木蔵くんと昆奈門さん以外の人と喋った。
だから私に対する悪意のこもった言葉をいきなりぶつけられて、頭を殴られたような衝撃を受ける。
嫌われてるって、憎まれてるって、分かってた筈なのに。

「先輩の次は後輩を誑かすのか!いい加減にしろっ!」
「な、に、」
「僕たちがお前たち天女のせいでどれだけ苦しんでいるのか分からないのか!」
「わ、私…」

天女なんて、知らない。
そう言いたいのに言葉が出ない。
ぶつけられた言葉に体が震える。
どうしていいのか分からない。
私、私は、

「孫兵!」
「っ、竹谷先輩…」
「天女には近付くな!何があるか分からないだろ!」
「…でも、」
「行くぞ!」

竹谷と呼ばれた男の子に腕を引かれて、蛇を連れた男の子はしぶしぶ私のそばから離れていく。
振り返る事もなくずんずん歩いて行った二人はあっという間に姿が見えなくなったけど、私はそこにべしゃりとしゃがみ込んでそのまま動けなかった。

…嫌われてるって、憎まれてるって、分かってるつもりだった。
でも、それはつもりになってるだけで、何も分かってなかった。
この忍術学園の生徒たちはあんな風に私を、本気で。

「名前ちゃん、伏木蔵くんの忠告を聞いてもまだ他人事みたく思ってたでしょ」
「あ、」

耳元で囁くように言われて振り向くと昆奈門さんがにたりと笑みを作ってしゃがんでいた。
どう考えても面白がってるその顔にかっと頭が熱くなる。
全部見てて、私が今までの天女と違うって分かってて、なんでそんな風に笑うの?

「わ、わた、し、は!妖術なんか、知らない!」
「うん」
「私は、ここに住んでる人の事も知らないし、惑わせようなんて思った事もない!」
「うん」
「私はっ、私はっ、何にも、分からないのにっ!」
「うん」
「っ、何で、こんな、目に合わなきゃいけないのっ…!」

うん、と感情のない声で昆奈門さんがもう一度返事をする。
昆奈門さんは私が怒っててもどうでもいいんだ。
昆奈門さんの態度と声でそう理解するとぼろぼろ涙がこぼれた。

「…忍術学園の生徒たちから見た君を教えてあげようか」
「聞きたく、ない…」
「君は伏木蔵くんを妖術を使って惑わし、自分の元へ来させている」
「違う…」
「伏木蔵くんが害はないと周囲に話す事で警戒を解き、少しずつ怪しまれないように学園の生徒を取り込んでいく心算でいるんだろう」
「違います!」
「名字名前は雑渡昆奈門というプロ忍までをも惑わす強力な妖術を持つ天女だ」
「何で!何で…そんな事、昆奈門さんが言うんですか…!」

私は、昆奈門さんを信じてた。
優しくしてくれて、妻なんて言ってくれて、一緒に笑ってくれて。
こんな状況でそんなふうにしてくれる人を信じないわけない。
なのに、何で?
何で、昆奈門さんは、

「私の事、そんな風に思ってたのに、何で優しくしたりしたんですか?」
「…名前ちゃん」
「………」
「私はね、好きな子はいじめていじめていじめ抜きたいタイプなんだよね」
「…はい?」
「だけどまあ、それであんまり嫌われちゃうのも忍びないから言うけど、今話したのはあくまで忍術学園の子たちから見た君だからね」
「…え?ええと…?」
「私から見た君は違うという事」

にたりとまた最初の笑みを浮かべて言う昆奈門さんをぼんやりしながら見つめて考える。
…つまり、私は昆奈門さんから伏木蔵くんを惑わしてると思われてない、って事なのかな。

「………」
「私は名前ちゃんを好きだよ。今までの天女も観察していたけど、明らかに君はあれらとは違う」
「違います、か?」
「違うね。それに天女の妖術にかかっている人間はもっと異常な行動を取る。私も伏木蔵くんも至っていつもと変わりない。だから君は妖術を使っていないと断言できるよ」
「本当ですか…?」
「本当だとも。だから安心していいよ」

ふ、と笑われると膝からがっくり力が抜けた。
よ、良かった、嫌われてたわけじゃなかったんだ…。

「私に嫌われてないのがそんなに嬉しい?」
「…はい、嬉しいです」

昆奈門さんの言葉に素直に頷けば昆奈門さんは参ったなあ、なんて言ってため息をつく。
何だろう、私何か変な事言ったかな?

「…名前ちゃんに触れたら良かったって、こんなに思ったのは今日が初めてだよ」

もし触れたら攫ってくのにね。
そう言って笑った昆奈門さんはなんだか肉食獣みたいな目をしていてちょっとだけ、怖かった。


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