■ 『仮面学園』

『仮面学園』
『仮面学園の噂って知ってるか?』
『退学者と在校生の数が合わないんだよ。』

『増える退学者と減らない在校生か。』

『なんだかきもちわるいね』

ネットの掲示板に書かれた文字はその意味こそわからないが何かうすら寒い気持ち悪さを感じさせた。
仮面学園。関東の郊外に広い敷地を持つ全寮制の私立高校。その名の通りそこに通う生徒達は皆仮面を着けている。内部に関しての情報はこれ以外はわかっていない。幾度となく調べようとする者は現れたのだがその完璧な情報規制に皆諦めざるを得なかった。まるで学園が一つの完成された国の様だ、そう彼らは語った。
警察にも目立った問題は報告されていない。いじめ、不登校、そう言ったワードがニュースに頻出する現代だが、この学園からはそう言った問題がただの一つも報告されていない。むしろ卒業生は政治家、官僚など地位のある仕事に就く者が多く世間からの評判は良い物とされている。
ここの卒業生は皆同じ言葉を口にする。
「仮面学園は素晴らしい学校です。」

「どうも怪しいんだよなあ。」
俺の配属された部署には変わった先輩刑事がいる。非常に勘が良く、何もない所から事件を引きずり出してくる。目がいいのだと、俺は思っている。その先輩がしきりに言うのだ。仮面学園は怪しいと。
「完璧すぎるんだよ。何もかもな。月瑚、お前調べてみろ。お前なら何かわかるかもしれん。」
俺は警察の中では所謂エリートと呼ばれる街道を走っている。しかしただ目標に向けてがむしゃらに努力したら此処にいただけだ。俺は自分の事をすごいとも偉いとも思っていない。普通の人間だ。しかし周りから見れば恵まれた素晴らしい人間なわけで、そう言った評価をされる事に特に何かを思うわけでもなかったがただずっと違和感は感じていた。そんな中でこの先輩は俺の事を頭は良くないが鼻は良い。ついでに馬鹿みたいに人が良い。と真っ直ぐ目を見て言ってきた。失礼な、そう口では言ったがその言葉は素直に受け入れる事ができた。
しかし、お前なら何かわかるかも。そんな言葉を貰って調べてみはいいもののわかった事と言ったらネットでたまたま目にした怪談じみた噂くらい。期待に応えられない申し訳なさを感じながらも一応その報告はした。何も見つけられませんでしたという報告を。
「退学者、ねえ。」
予想していた反応とは違い先輩はそのネット掲示板のコピーを真剣に見つめていた。
「あの学園に退学って制度があるのは俺も知っていた。だが話を聞こうにも誰もいないんだよ。」
「誰もいない?ネットのもそうですが言葉の意味がわかりません。」
「退学者が学園の外、大きく言えばこの世のどこにもいないんだよ。人が消えるなんてことはありえない。死亡届も出ていない。じゃあ退学者はどこへ行った?皆して引きこもりってわけもないだろう。現に退学者・・・苦労したんだぜ?退学者の個人情報引き出すの。それでもわかったのはたったの一人だけだったけどな。そんで実家まで行ったがそこにもいなかった。」
「家族はなんて言っているんですか?」
「学校に行ってるってさ。」
「は?」
「意味わかんねえよな。しかもその家族、子供が退学になったって事知らねえんだよ。普通に学校行って普通に暮らしてると思ってる。手紙が届くんだとよ、定期的にな。」
確かに存在する退学者。けれどどこにもいない退学者。どういう事だ?意味がわからない。
「気持ち悪いですね。」
そう呟くと先輩は此方を見てにやっと笑った。まずい、そう思ったときには既に遅く。
「お?やっと興味を持ってくれた様だな。そんな月瑚君にいいお知らせがある。」
これはまずい。聞いてはいけない。逃げようとした腕をがしっと掴んだ後先輩が放った言葉は到底信じられるものでは、いや信じたくないものだった。

「お前春からあの学園に入学しろ。」

四月。桜舞う季節に思う事はただ一つ。
「なんとかなるもんだなあ。」
真新しい制服に身を包み寮の自室で鏡を見る。そこには高校生の制服を着たとっくの昔に成人した男性が映ってる。いやいや無理があるだろう。帰りたい、胃が痛い。自虐の意味を込めて制服姿の写真を先輩に送ると親指を立てたグッドマークの絵文字だけが返ってきた。嗚呼、どうやらもう腹をくくるしかない様だ。
「よしっ!」
これは俺の仕事だ。俺は刑事だ。事件のにおいがすればどこへだって行くのが俺の仕事。
覚悟も決めて用意した狼の仮面を手に取る。今日からこれが俺の顔。仮面をつけて部屋を出る。
仮面学園での、潜入捜査官としての第一歩を踏み出した。

入学式が始まる前の体育館はそれなりにざわついていた。俺が通っていた学校の様に皆どこか浮き足立っている様子は此処でも変わらない。ただ、生徒全員が仮面を着けていると言う事以外は。
「皆さん。もうすぐ入学式が始まります。新入生、在校生は席に着いてください。」
ステージには教員と思われる仮面を着けた人物が立っていた。教員の着けているマスクは生徒とは違い動物を模したものではなかった。あちらが人間でこちらは動物。まるで動物園だ。いや、実験施設か?早速気味の悪さを感じながらも大人しく席に着いた。

「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。」
「輝かしい10代という貴重な時間をこの学園でどうか有意義に過ごしてください。」
「在校生の皆さんは新入生を温かく迎えてあげてください。」
「この学園での過ごし方を、新入生を見て今一度学ぶのも良いかもしれません。」
「さて、この仮面学園には絶対に守らなければいけない校則が一つだけあります。」

「校内で仮面を外してはいけません。」

「これを守らなかった生徒は退学となります。」
「そんな事校則にしなくても守れる?はたしてそうでしょうか。」
「安心と堕落は紙一重です。」
「人間を堕落させない為に必要なものはなんだと思いますか?それは恐怖です。」
「その恐怖を学園で用意しました。」
「新入生の中に、仮面狩りと呼ばれる生徒が一人存在します。」
「仮面狩りに選ばれた生徒は他の生徒の仮面を奪う事ができます。」
「仮面狩りに仮面を奪われた生徒は退学となります。」

「それでは皆さん、仮面狩りには気を付けて楽しい学校生活を送りましょう。」

解散の言葉を聞いても新入生達はその場から動けずにいた。俺もその中の一人だ。仮面狩り?聞きなれない単語が頭の中で警報の様に響いている。仮面狩りに捕まったら退学。やはりこの学園に退学者というものは存在する。じゃあどこに?いや、それよりも仮面狩りとは、

「はーい!退学者はどうなるんですかあ?」

体育館に間延びした声が響いた。声の主は同じ新入生だった。兎の面を着けた小柄な少年の様だ。ざわついていた場が静まり返る様子に臆する事もなく少年はステージの上を見つめている。
「退学者は学園によって仮面を剥されます。それ以上の事は職員室まで聞きに来て下さい。それでは皆さん、速やかに教室へ移動してください。」

それからは教員に誘導され体育館から出るしかなくなってしまった。あの小柄な少年は移動中に見失った。なんて度胸のある子だ。しかし退学の意味はつかめなかったな。仮面を剥される?仮面なんて退学の時点でもう仮面狩りによって剥されているじゃないか。
これは一筋縄ではいかなさそうだな。この学園も、教員も、生徒も。これからの事を考えるとまた胃がきりりと痛んだ。


教室は至って普通のものだ。同じ机に同じ椅子が等間隔で並べられている。学生の頃はそこになんの感情も抱かなかったが今になって見るとなんだか不気味に感じてしまう。
ぐるりと見渡せば仮面、仮面、仮面。様々な動物の仮面をある者はフルマスクに、ある者はアイマスクにして着けている。よく見ると装飾などもこだわっている事がうかがえる。仮面を着けて個性も何もないだろうに。
各々が席に着くと入学オリエンテーションが始まった。職員室、保健室など学校の案内図が配られたのはありがたい。案内図を見た限りでは怪しい場所はないな。まああったとしても隠すだろうな。
寮は各学年ごとに一棟。移動は自由か。しかしこの靴がなあ、そう思い足元を見れば一年生の学年カラーの赤いラインが入った靴が目に入った。これでは違う学年の中では浮いてしまうだろう。どうしたものかと考えていると不意に担任から名前を呼ばれた。
「佐久間!さっきから話を聞いているのか!」
周囲からはくすくすと失笑が聞こえてくる。すみませんと一言謝り意識をオリエンテーションに戻す。
「それじゃあ今季の委員会を決めるぞ。一人一つ必ず入れよ。」
そう言って黒板に幾つもの名前が書かれていく。美化委員、体育委員、図書委員、生徒会・・・
学園を探るために最も使える委員会はどれだろう。図書委員は色々と調べるのに役立ちそうだな。でも、
生徒会。
生徒を率いる存在。当然観察する機会も増えてくるだろう。教師ともつながりを持てそうだ。何よりこの狂った学園の生徒達のリーダーがどんな人間なのかが気になる。
「じゃあ次、生徒会委員やりたい人は・・・」
俺は迷わず手を挙げた。

今日は午前中が入学式とオリエンテーション。午後は委員会の顔合わせというスケジュールだった。
生徒会室のドアは他の教室のドアと違い厳重な作りになっていた。ドアノブに手をかけいざ入ろうとしたが、ドアが開かない。よく見るとドアにはセキュリティパネルが設置されていた。ただの生徒会室にここまでするか?これは増々調べる必要がありそうだな。
「何をしている?そこを通りたいのだが。」
突然背後から声がし大げさなほどに体がびくついた。振り返ればチーターの面を着けた生徒が立っていた。靴の色からして三年生だろう。
「あ、生徒会委員になったんですが、扉が開けられなくて。」
そう伝えると三年生の生徒はああ、と納得した様な声をだしピッと自分の生徒証をパネルにかざした。
「ここには生徒会役員以外は入れないようにしている。セキュリティカードは今日配ろうと思っていた。今は俺のカードで開けるが次からは自分のカードで入る様に。」
随分と威圧感のある生徒だな。身長は頭一つ分位小さいがその口調や振る舞いは18歳にしては随分と大人びているというよりも大人のそれだった。
中には既に数人の生徒が集まっていた。皆長机を囲み置かれた資料に目を通している。自分もそれに習って空いている席に着いたが先程鍵を開けてくれた生徒は長机を通り越し一番奥にある大きめの机の前に座った。
「全員揃ったか?それでは今から生徒会会議を始める。生徒会長の桐生澪だ。生徒会の仕事は楽ではないが各自責任を持って最後まで仕事を全うする様に。」
なるほど。彼は生徒会長だったのか。そう言われると風格があるのも納得できる。しかしこの奇妙な学園の生徒会長だ。きっと彼も一筋縄ではいかないだろう。
今日の会議は自己紹介と各自の役割分担を決めるようだ。
それぞれが自己紹介をしていく。皆無難に名前とよろしくお願いしますの言葉だけで済ませている。幾つになっても自己紹介は緊張してしまう。一つの空間で全員の視線を集めるあの居心地の悪い感じはどうにも苦手だ。そうこうしている内に自分の番になってしまった。
「佐久間月瑚です。自分の仕事は最後まで責任を持ってやり通します。よろしくお願いします。」
結局今の部署に配属された時と同じ自己紹介になってしまった。それよりも自己紹介中の生徒会長の視線が真っ直ぐすぎて危うく声が震えるところだった。しかしその刺すような視線は決して不快なものではなかった。
「役割分担だが2、3年は去年と同じ仕事を引き継いでくれ。1年生は重要な仕事を担っている者のサポートをしてもらう。早速だが俺のサポートをしたいやつはいるか?」
仮面で見えはしないが会長はにやりと笑ってその問いをした。恐らく誰も立候補しないと踏んでいるのだろう。確かに生徒会長の仕事のサポートはサポートとはいえ大変そうだ。だがここで俺が言う言葉はもう決まっていた。
「はい。俺にやらせて下さい。」

「誰もいないだろうと思っていたんだがな。」
俺と会長以外はいなくなった教室で会長はぽつりともらした。会長のサポート役となった俺は仕事の内容を説明するからと会議後ここに残るよう言われた。
「うん。誰もいないと思っていたからな、正直お前に任せられる仕事が今は無いんだ。」
会長は困った様に机に頬杖をついた。
「全て俺一人で出来る様に計画を立てたからな。しかしお前は自分の仕事がしたいんだろう?困ったな・・・。」
生徒会長の仕事を一人で全てこなすのは無理に近いだろう。しかしこの子はそれを当たり前の様にしようとしていたのか。それができる自信もあったのだろう。偉い、素直にそう思った。それと同時に心配になった。老婆心というものだろうか。この子のために何かしたい、そう思うのは自分が年上だからだろうか。
「サポート役だって自分で言ってたじゃないですか。無理に俺に仕事をわけてくれようとしなくていいです。会長の仕事のサポートが俺の仕事です。」
そう言うと会長はきょとんとした後にくすくすと笑った。
「なんだ、一年生のくせに聞き分けのいい大人みたいな事を言うんだな。でもわかったよ。これからサポートとしてよろしく頼む。」
そう言って会長は微笑んだ。仮面に隠れて見えはしなかったけれどきっとそうだろう。

生徒会室を出て時計を見るとまだ夕食の時間までだいぶありそうだ。色々としたい事はあるがまずは情報収集からだ。ホームルームでもらった案内図を片手に俺は図書室へ向かった。
図書室は普通よりもだいぶ広い作りになっていた。人はカウンターに一人と机で勉強をしている生徒が数人いる。まずは何を探そうか。学校の歴史がわかりやすく書いてあるもの。図書室に必ず置いてあるもの・・・。卒業アルバムだ。
膨大な本の中で卒業アルバムのスペースを探すのは慣れていない事もあって難しかった。しばらく館内をうろうろしていると何かお探しですか?と声をかけられた。声の主は先程カウンターに居た梟の仮面を着けた女生徒だった。
「あ、卒業アルバムを見たくって。」
「卒業アルバムですね。ご案内します。」
だいぶ遠い所にあったようだ。歩いていると女生徒は落ち着いた声で話しかけてきた。
「一年生さんですよね?どうして卒業アルバムを?」
返答に困っていると「卒業生にお知り合いでもいたのかしら?」と助け舟を出してくれた。それに頷いているとどうやらスペースに着いた様だ。厚い革張りの本がずらりと並べられていた。
「それじゃあごゆっくり。本を借りる時は生徒証を持ってカウンターまで来てくださいね。」
そう言うと女生徒はまたカウンターへ戻って行った。靴の色から三年生だとわかったがそれにしても随分と落ち着いた生徒だったな。
さて、一番古いものから机に広げていく。開くと一番最初のページには入学式でも言われた『仮面を外してはいけません』の文字だけが書かれていた。たったの一文なのに薄気味悪さを感じるのはなぜだろう。進めていくと卒業生一覧が載っているページにたどり着いた。しかしそこにうつっていたのは拍子抜けする様な普通のページだった。仮面を着けた生徒の下にそれぞれの名前。それが各クラス人数分綺麗に載せられていた。
人数分?
おかしさに気付いたのは全クラスを見てからだった。全てのクラスが規定の人数分卒業生として載っているのだ。
「退学者がいない?」
まさかこの年は仮面狩りという制度がなかったのだろうか。いや、それはない。そうならば表紙にあんな事は書かないはずだ。ならばどうして。全員が仮面狩りから逃れたとでもいうのか。震える手でもう一冊、もう一冊とページをめくっていくが全ての卒業アルバムがクラス全員揃った形で記録されていた。結局全ての卒業アルバムに退学者はいなかった。
どういう事だ?冷静になればなるほどわからない。退学者は確かに存在している。それは先輩だって言っていた。
「随分と熱心に調べてらっしゃるんですね。」
背後から声をかけられるまで気配に気がつかなかった。そこには先程の梟の女生徒がいた。
「お知り合いは見つかりましたか?」
「いえ・・・どこにも。あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ええ、私にわかることならばなんでも。」
「この学校に、退学者はいないんですか?」
「いいえ?退学者は存在しますよ。」
「じゃあなんでアルバムには載っていないんですか?」
「ふふ。なんででしょうね?調べてみたらわかるかもしれませんね。」
この生徒は確実に何かを知っている。しかしこれ以上の情報は聞き出せない雰囲気を出していた。
「じゃあ最後に。×××君という生徒を知っていますか?」
先輩から教えてもらった退学者の名前。三年生ならば同じ学年だろう。

「ええ。知っていますよ。だって今もクラスメイトですから。」

図書室を出るころにはもう完全に陽が落ちていた。部屋に戻って先輩に今日の報告をしなくてはいけないがそんな元気はもう残っていない。一体なんなんだ此処は。
「なんか、気持ち悪いよ。」
そんな言葉が流れる様に口からこぼれた。

一週間、二週間と経つうちに学園での生活には少し慣れてきた。一か月も経てば高校生として過ごす事にも慣れてた。生徒になって気が付いたがこの学園は仮面狩りを除けば表面上は本当に平和である。校内やクラスの雰囲気も良く気が付く範囲ではいじめや不登校といった問題もない。あれからこれといった情報はつかめずにいた。先輩からも引き続き調べる様にとの通告しか受けていない。
「平和だなあ。」
日差しが差し込む生徒会室でそう呟くと会長から頭がか?と辛辣な声が返ってきた。生徒会にももうすっかり馴染んでいる。
「そんな事言うともう蜘蛛から助けてあげないから。」
「その話はもうやめろ・・・。」
こんな軽口を叩ける位には会長とも親しくなった。本当は親しくなんてする権利なんて俺にはないのだけど。捜査官の俺は部外者で学園の敵で、会長を常に裏切っている。それを忘れてはいけない。自分の立場を見失ってはいけない。胸がずきりと痛んだがそんな資格も俺には無いのだ。
「おい。大丈夫か?具合が悪いのなら今日はもう帰って休め。」
黙り込んだ俺をみかねて会長がそんな言葉をかけてくれた事が余計に辛かった。
「うん。ごめんなさい会長。今日はお言葉に甘えさせてもらいます。」
「ああ。」
今日はこれ以上一緒に居たくはなかった。

入学して二か月後。俺は思わぬ形で協力者を得ることになった。深夜に突然届いたメール。そこには俺の素性を知っている事、自分は協力者である事が書かれていた。勿論すぐには信用しなかったが会って同じクラスの生徒だと言う事、彼もまた消えた幼馴染の為に学園の謎を探っている事を聞いて一応は協力するという形をとった。ここで協力しなければ自分の立場などすぐに崩れ落ちてしまうだろう。
彼の名前は九十九。獅子の仮面をつけた長髪の男子生徒だ。驚くほどコンピューターに強く警察の俺ですらつかめなかった情報を幾つも持っていた。調べる方法は違法なものも多々あったが今回だけは目をつぶろう。彼が現状で把握している情報は今年の仮面狩りは確かに存在し行動しているという事、更に一昨年や去年の仮面狩りもまだ行動をやめていないという事、仮面狩りに会ったが何かしらの方法で逃げとおせた生徒が上級生にいるという事だった。
「ねえ、今年の仮面狩りが誰なのかいい加減教えてよ。」
最近ではお馴染みとなった九十九の部屋で行われる夜の秘密の会議。今日も彼は好物のスニッカーズを食べながらパソコンにはりついている。
「それは言えないしるーくんがそれを知った所でどうにもならないと思うよ。」
確かに俺の目的は学園がひた隠しにしている退学者の謎を探る事であって生徒を仮面狩りから守ることではない。個人の正義感から組織の大義を見失ってはいけない。そして彼には彼の目的がある。その目的の為ならばきっと俺を含め全てを切り離すだろう。俺達の行動は同じでも行きつく未来はきっと違う。それもそうだね、と返してこれまでの捜査でわかった事をまとめた資料に目を通す。
「学園の中に仮面狩りは存在する、退学者も存在する。どういう事だと思う?まさか退学者を学園内に監禁しているとか?」
「それはないね。それだと今の三年生の数の説明がつかない。だったら退学、なんてものは名前だけでただのペナルティって考える方が説明はつくと思う。」
「ペナルティか。退学になった者はペナルティを受けてまた学園に戻ってくる、か。その線で調べてみようか。」
「了解!それじゃあ俺は引き続きネットで調べてみるから聞き込みはるーくんに任せるよ。」
「君、本当に外に出る気がないね?」
「歩き回るのは国家の犬の得意分野でしょ?」
九十九に重めのグーパンチをくらわせて今日は解散となった。

しかし聞き込みと言ってもなあ。退学について普通にそこらかしこで聞いて回ったんじゃ怪しまれるに決まっている。学園側に怪しまれて素性を探られでもしたらそこで捜査は強制終了だ。ここは三年生に的を絞って聞いてみよう。
しかし三年生のどの生徒に退学というワードを出して話しかけても返ってくる返事はまるで決められたかの様に知りません、の一言だけだった。規制でもされているのか?これじゃあなんの手がかりもつかめなさそうだな、ととぼとぼと中庭を歩いていると花壇の前で一人の三年生を見つけた。その男子生徒はしゃがみこんで花を眺めている。もはやダメ元で話しかけてみた。
「こんにちは。綺麗な花ですね。」
「こんにちは。ああ、とても美しい生命だ。ずっと見ていたいよ。」
「花が好きなんですね。」
「うん。好きだよ。花も動物も小さな虫も学校の友達も皆好きだ。」
「友達・・・。あの、今の三年生は誰も仮面狩りにあわなかったんですか?人数が一年生とそんなに変わらない様な気がするんですが。」
「いや?彼らは皆平等に恐怖に晒されたよ?」
「だったら退学者も存在しますよね?その人達はどうなったんですか?」
「どうなった、か。どうにもならなかったしどうにかなったよ。生き物としての美しさはなくなってしまったかもしれないし生命としての美しさは変わらないかもしれない。」
「ちょっと言っている意味がわかりません。つまり彼らはどうなったんですか?」
「さあな。俺には何も聞かないでくれ。」
そう言って彼は立ち上がるとふらふらとどこかへ行ってしまった。
「貴方は退学にならなかったんですか!」
その背中に向かって最後の問いを投げかけると彼は振り向いてなんの感情もこもっていない声でこう言った。
「俺は悪魔だ。」

結局何もわからなかったな。唯一会話できた生徒からも情報と呼べるものは何も得られなかった。この学園にまともな三年生はいないのか?
「あっ」
いた。どうして一番最初に彼の所へ行かなかったんだろう。常識人にして三年生のトップ。俺は生徒会室へ走った。
「会長!」
息を切らせて生徒会室へ飛び込んできた俺を見て会長はきょとんとしていた。
「どうしたわんこ。挨拶くらいしろ。」
そうですよね、と息を整えて頭を冷静にもっていく。彼には一番怪しまれてはいけない。自然に。自然にしないと。
「さっき山羊の仮面を着けた三年生に会いました。」
「ああ。あいつか。会話をするのは難しかっただろう?」
会長は手元に積まれた資料に目を通しながら返事をする。
「はい。何を言っているのか俺にはさっぱり。でも、退学については何か知っている様でした。」
退学というワードを出すと会長は資料を置いてまっすぐにこちらを見た。
「月瑚。この学園で何事もなく過ごしたいのなら安易に退学なんて言葉は口にするな。」
会長は真剣な声で言う。ぴりっとした空気が生徒会室に流れる。
「俺は一生徒として知りたいだけだ。ねえ会長、退学ってなんなの?」
「好奇心は身を滅ぼすぞ。」
「それでも知りたいんだ。教えてくれるまで俺は諦めないよ。」
「言わなきゃお前は永遠に聞いてくるんだろうな。」
会長は長い溜息をついて少しだけ小さい声で話しはじめた。
「退学について俺が知っている事はそう多くはない。仮面を奪われたら退学。このルールは皆が知っている事だ。お前が聞きたいのはその後だろう?一言で言えば、退学者は全ての仮面を奪われて、学園によって新しい仮面を着けられる。そこでそいつはもう退学者じゃなくなるんだよ。俺が話せるのはここまでだ。意見にも質問にも一切答える気はない。月瑚、気が済んだか?」
気が済むわけがない。皆して大事な所はぼかして、濁して何かを隠している。
「納得していないといった顔だな。だがもう一度言う。平和に過ごしたければ余計な詮索はするな。この話はこれでおしまいだ。俺はまだ仕事があるから用がなければ今日はもう帰れ。」
帰ろうとドアに手をかけると後ろから声が飛んできた。
「一つ言い忘れた事がある。生徒会長には退学通告の権限があるんだよ。もしもこれ以上目立った行動をするようならば、その時は容赦しない。」
失礼します、と俺はドアを閉めた。

「お願いだ。何も気づかないでくれ、何も気づかせないでくれ。」
生徒会室で呟かれた言葉は誰の耳にも届かず消えた。

ばんっと乱暴にドアを開けて九十九の部屋に入るなり俺はベッドへと身を投げた。
「るーくんイラついてんね。」
苛々したくもなる。今の状況は決定的なものを目の前にして目隠しされているような物だ。もどかしくてたまらない。
「そんなるーくんに朗報だよ。退学者リストの場所がわかった。」
なんだって?俺はがばっと身を起こした。ひた隠しにしてきた退学者の存在を示すリスト。それがあれば学園に警察が介入するチャンスができる。
「どこにあるの?職員室?校長室?」
いや、と一声置いて九十九は複雑そうな声でその場所を言った。

「生徒会室だよ。」

夜の学園を息を潜めて進む。
「そこ、壁伝いね中央歩くと監視カメラにギリ引っかかる。」
九十九とは無線マイクで繋がっている。監視カメラだらけのこの学園の抜け道を指示して貰いながら進む。
退学者リストは生徒会室にあった。これが意味する事は生徒会、いや生徒会長は全てを知っていたということだ。どうして、そんなショックよりも先に浮かんだのはあの小さな生徒会長の背中だった。きっとまた一人で背負っていたんだろうなあ。一人で背負って、全ての責任を取るつもりでいたのだろう。本当に責任を取らねばならない奴らは他にいるというのに。
「コレが終わったらるーくんがヒーローだね。」
唐突にマイクからそんな言葉が聞こえた。
「え?」
「るーくんがヒーロー。」
ヒーロー、か。確かに俺はヒーローになれるだろう。名前も知らない大勢の誰か達にとっての。でも、
「俺もこの学園から救いたい人がいるんだ。」
本当は彼ひとりのヒーローになりたかったよ。立場と彼、いつかどちらかを選ばなくてはいけなくなる事なんて最初からわかっていた。それにこんなにも胸が苦しくなる事は予想はしていなかったけれど。
とうとう生徒会室の前までたどり着いた。九十九がセキュリティを解除してくれるのを待つ。ここを開けられるのは生徒会の人間だけ。遅かれ早かれ会長は侵入者の存在に気付くだろう。お別れまでのカウントダウンがはじまった。
「開いたよ、ただし、20分。20分で扉は閉じるから」
了解。それでも俺は俺の仕事をしなければ。
棚にたくさん並べられたファイルの中にそれはあった。配置を変えないよう慎重にそれを取り出す。開くとそこにはずらりと名前が書いてあった。今現在学校に通っているはずの者の名前も載っていた。三年生なんか信じられない程の人数だった。よし。あとはこれをコピーして、すると突然イヤホンから九十九の焦った声が聞こえてきた。
「るーくん急いでその部屋から出て、東方面に走れ!」
その声の慌て様に俺はリストを一枚床に落としてしまったことに気付かないまま生徒会室を飛び出した。
「何?!何があったの!」
まだ時間にはなっていないはずだ。九十九の指示通り走りながらもわけがわからず質問する。
「仮面狩りがそっちへ向かってる!」
その瞬間ぶわっと嫌な汗が噴き出した。どうして今なんだ。後方からは殺気立った気配が確実に近づいてきている。今仮面を奪われ退学なんて事になったら元も子もない。
此方の姿が相手に見えるか見えないかまで距離が近づいた所でぴたりと気配は動きを止めそのまま去って行った。
「助かった、のか?九十九君何かしたの?」
そう聞くと彼は言葉を濁した。きっと褒められたことではない手段を使ったのだろう。彼もそれを反省している様だった。
「いいよ言わなくて。いつか取調室で聞くから。」
そう言うといつもの生意気な返事が返ってきた。
生徒会室侵入のミッションは成功した。これで反撃の準備は整った。
「終わらせるよ。仮面学園。」
その日生徒会室に行くとそこには会長しかいなかった。椅子に座り、一枚の紙を持って此方を睨んでいる。
「どうやら犬が紛れ込んでいる様だ。」
とん、と机に置かれたのは退学者リストの一枚。
「とことん詰めが甘いよ。わんこ。」
ああ、とうとうこの日が来てしまったか。
「見逃してくれる気はないだろうね。」
俺は落ち着いていた。もう、ここで終わりなんだ。俺も学園も。
「俺は生徒会長だ。その立場を自分の為に捨てる気は、無い。」
会長はゆっくりと立って俺の前まで来る。
「残念だ。それでも、俺は俺の仕事を最後まで責任を持ってやり遂げる。はじめて会った時にお前がそう言ったようにな。」
会長の手が、ゆっくりと俺の仮面を外す。
「ごめんな。」
会長の声は震えていた。

「佐久間月瑚。生徒会長桐生澪の権限でお前を退学処分とする。」

わかっていたよ。だから大丈夫。これから起こる事は全部俺の所為だから。だから君は、君は俺の事を、
「許さなくていいから。」
最後に触れようと伸ばした手は君に届く前に俺の意思で下げられた。


それより少し前、九十九は部屋に残された手紙を握りしめ拳を机に叩きつけた。
「ふざけんなよ・・・るーくん。」
その手紙には自分が最後の退学者になる事。その様子を映像にして世界に発信して欲しいという事。今までありがとう、元気で。の言葉だけが書かれていた。
自分を犠牲に全てを終わらせる?ふざけるな。そんなのただの、ただの、
「急に大人ぶってんじゃねえよ・・・!」
もっとわがままに生きろよ。お前がしたいこと、お前が好きな人を優先しろよ。それでも、彼が選んだ未来にはきっと彼が守りたい者が生きているのだろう。そこに彼がいなくとも。
俺もきっと彼が守りたかった者の中に含まれている。
「くそっ・・・くそ!!!」
涙をぬぐって俺はパソコンをライブ中継につなげた。

『先程インターネットで衝撃的な映像が流れた仮面学園に来ています!』
『生徒を洗脳し、退学と称して廃人にする現代では考えられない非道な行いを生徒達は知っていたのでしょうか!』
『白日の下に晒された学園の生徒達は何を思うのでしょうか?』

その映像を、俺は生徒会室で見ていた。自分が退学通告をした生徒が廃人にされていく様子を。
なんで。退学とは洗脳だけではなかったのか?生徒会長になった時にそう聞いていた。洗脳はいずれ解ける、学園を出ればまた普通の人間として生きていける。そう思っていたのに。そんな言い訳はどうだっていい。もつれそうになる足を必死に動かして地下へと向かう。月瑚!お願いだから間に合ってくれ!
そこにはぽつん、と生徒が一人残されていた。
「月瑚・・・?」

「おい、返事をしろ。」
「無視をするな。」
「なあ、またからかっているんだろ?」
「月瑚、月瑚、月瑚!」
「お願い、答えてよ。」
「嫌だよお、」

地下室には一人分の泣き声がずっと響いていた。


俺は花束を持って病院の廊下を歩いていた。あの後仮面学園は廃校、教師達はその非人道的な行いで逮捕された。残された生徒達は皆解放されそれぞれの道を歩んでいる。退学になった生徒達は家に帰されたがもう元に戻る術は無いというなんとも後味の悪い結果になった。
それでも、彼に救われた人は大勢いる。俺の未来も彼が作ってくれた。そして、
「ゆっちゃん。ただいま。」
彼女の未来も。


仮面学園は無くなった。それでも仮面は無くならない。自分の仮面を剥される恐怖に皆が怯えている。
あなたはその仮面を外すことができますか?




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