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第五話月光



瞬きすら忘れて扉の隙間からただただ二つの人影を凝視する

「…ああ、あり得ない」

息が思うように続かない
酸素を吸い込もうと一生懸命なのに
出そうになる悲鳴を抑えるのに精一杯で頭が真っ白になった

教室の中の"彼"の顔がゆっくりとこちらに向けられる
腕に抱いて動かないソレを床におろしながら、確かに彼は笑っていた
私の足が後ずさる前にしなやかに彼は立ち上がる
暗くて、誰だか分からないが女ではあり得ないすらりとした長身と短髪で男だと認識できる
床に転がったまま動かないのは制服を着た女子生徒
首元から、紅い物が滴っている。

「あらら、」

その体を跨いで数歩で私に歩みよると
動けない私の前で扉が音を立てずに全て開かれた

「ダメですよ」

くすり
可笑しそうに笑う彼に反射的に後ろに足を踏み出すも凄い力で腕を引かれ教室の壁に押し当てられた

「先輩知らなかったんですか?」

私の身長にあわせるように腰を屈めた彼の銀髪が頬に触れた
その人は鼻を首筋にくっつけて、動物のように私の匂いを嗅ぎ始めた

「満月の夜は気を付けなさい、って。そんなこと言うのもまた可笑しいけど」

微笑した彼が口を開くと同時に熱い息が首と肩にかかる
その熱さにわずかに体がはねた

また、首元で息を吸い込み匂いをかいでいる彼に、どうしようもなく硬直することしかできない
動くと殺されるそんな恐怖を肌で感じる

「こんないい香りしてるのに…少しもったいない気もするけど…でも案外、運が良かったかもしれませんよ?」

そう言うと大きな手のひらで私の肩にかかった髪をかきある
それによってはっきりと露出された首にやわらかい唇が添えられた
視界の隅にには窓からの月光に照らされた彼の銀髪が写った

「俺が飲んでる間、女の人は喜んでるから。」

またクスッと笑う声が聞こえてくる
どう言うこと、俺が飲んでる間女の人は喜ぶから…

まって、まさか

私の目は床に転がって動かない体をとらえた
どういう事か理解してとっさに体を横に倒し、私の体は冷たい床に投げ出される

小さく舌打ちが聞こえてきたと思うと、抵抗もむなしく床に押さえつけられた。

「いやっ!」

恐怖で声が出ない
のどの奥で声量が一気に妨害されて小さくなっているような感覚だ
両手に力をこめて暴れるが自分よりも数十センチも背が高い、男の人に敵うはずも無い

そのとき私は始めて相手の顔を見た
窓からの月光に照らされた銀髪と顔

瞳を大きく開く

「うそ、でしょ。おおとり、く」

満月の光に照らし出された彼
それは私も、いや女子生徒なら誰もが知っているテニス部の鳳長太郎だった

しかし昼間に見る顔とは全く違うように見えた 何もかも

私を見下ろす目は真紅に光り
血に塗れた唇の間からは
アカに染まった鋭い牙

あごを伝って床にしたたり落ちるのは、艶やかな鮮血だった
何もかもが彼を綺麗に彩る赤に見える

今、私が見ている鳳長太郎の姿は人の形をした化け物



  吸血鬼そのものだった




逃げなきゃ
頭の中で大音量に危険信号が鳴り響く
でも、床に倒れたまま恐怖で動けない私の体は鳳君を見つめたまま動かない

ふっと鳳が目を細めた瞬間に胸倉をつかまれる
そのまま鳳はズルズル名前の体を引っ張って壁に立たせた
足に力が入らずただ相手の力に従順に壁に貼り付けられる
自分の頬に暖かい物が流れて行くのが分かった
音も無く両目から滴る

「ちょろちょろしないで下さい」

うざったい。と言いたげなさめたまなざしで見られる

その時見えた血色の瞳にぞくっと体にしびれが走った
再び顔を首に埋められた。
冷たいモノが触れて、その鋭さから鳳の牙だろうと分かった

体が本当に固まった
人は命の危険を感じたときほど、硬直して動けなくなるって本当だったんだとなぜかそんなことが頭に浮かぶ

牙の間から温かい舌が覗いて、首筋をはってゆく…
その感覚に新しく涙がこぼれる

怖い
恐ろしい

牙の先に力が込められる

「ひ、いやっ」

やっと出た声に呼応するように、私は“何か”に体をひっぱられた。

横に傾いた私の体を暖かい両腕がだきこむ
停止する私と鳳君
とっさに顔を上に向けると、私の頭に引っかかって離れない、あの人だった



「名字に触れんなって言ったろ?長太郎」


パンッ

その言葉に続いて、教室に乾いた音が鳴り響いた。





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修正11/3/31

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