18 [ 19/30 ]

第18話 解放

少し背伸びしながら俺の首筋に唇を押しあてる百合菜
くらくら来たから体を後ろに傾けて、背中を壁に預けた
天井を見つめながらガンガンする頭で思った
俺は非力だ
この女とのこの行為がまた再開されたのは、卑怯な手で俺をつなぎとめたコイツより
コイツの言いなりになるしかない俺が非力なせいだ

激増する痛みを耐えて横たわると自然とまぶたが落ちてきた
くそっ、眠ぃ
俺は瞳を閉じた闇の中で一人夢を見た
真っ暗で何も見えない海に漂っているような感覚で、見知った後姿が見えてきた
今より幼く、懐かしいアイツの後姿
俺様な態度やみなぎる自信が後姿からでも簡単にうかがえた
懐かしさに自然と頬が緩んで、そいつの後を追いかけた

そいつは、出会ったときの

  跡部の姿だった

「亮、お出かけしましょう?」
「…分かりました。」
いきなりどうしたんだ
単に、そう思った
今まで俺を自分の屋敷から出そうとしなかったこの人は、初めて…初めて俺に外に出ようと告げてきた
風を忘れるほど、閉じこめられていたからか…
日光は力を弱めると知ってはいたものの直に触れる太陽の光が気持ち良かった
久しぶりに心が晴れた気がした
今なら、少しでも前を向ける、景色を見つめられる気がした
そんな事を思いながら、眩しい太陽に手をかざそうとしたとき、宍戸は視界に入った自分の腕に
絶句した

    青白い指
   細くなった腕
手首の包帯に滲む赤

思わず、前にいる百合菜を追う足のスピードを緩め地面を見つめた
自分が、どれだけ異常なのか思い知らされたみたいだった

こんな肌の色、俺じゃない
俺は、こんなに痩せてない
小さい子供がするように何どか僅かに頭を横に振った
それは自分への、絶望と否定だった
自分さえ、見つめられなかった

立ち止まった百合菜に反応して顔を上げると大きな教会だった
(吸血鬼が教会に何のようだよ)
白い壁に植物の蔓(つる)が幾つも巻きついている
…薔薇、だ
何枚も何枚も重なり合った棘で身を固め、最深部に触れようとする相手を傷つける
悪いが花には興味が無い
ただ、そんな俺が目を奪われたほどそこの薔薇は綺麗だった
前で百合奈が振り返る
「亮、ここは吸血鬼と人間の歴史が刻まれている教会。壁や天井に
彼らは私たちを悪魔の化身だと思ってる。見下されているのよ。」
瞳の色がすぅっと濃いものに入れ替わった
背中を冷や汗が伝う
今までの経験で百合菜は俺の中で強いトラウマになっていた
「あなたは、一瞬のような人生を生き、死んで逝く彼等をどう思う?花のような儚い美だと思う?」
目が怖い。瞳孔が開いている
言葉に詰まって、何にも言わず相手の目を見返した
確かに俺を映しているその瞳は怒気がこもっていた

とその時、

(今思えばあれは俺を地獄から救い出した声だった)

「お前、間違ってるぜ?」
突如として聞こえた声に見上げる
百合菜の事を“お前”と読んだそいつは教会のテラスにいた
それに彼女が黙っているわけも無く
「私が間違っている…と?」
「あーん?」
テラスから飛び降りたそいつは俺の手をつかみ上げた
唖然としてそいつを見つめる俺
(こいつ、目ぇ綺麗だな…)
「どう考えても痩せすぎだろ?」
「そんなの関係無いでしょ」
綺麗な水色の目で俺をひとしきり眺めてそいつはまた口を開いた
「同族に対する吸血行為は法で禁じられている
こいつ同族とは欠片も思えないぜ」
「!!何者だ」
「跡部だ。今日からこいつは跡部家で生活する
恨むんなら愚かな自分を恨むんだな」
跡部、と聞いて百合菜は絶望の表情を浮かべた。俺の手を引いて歩く跡部について行きながら、振り向いた俺はぎょっとした
あいつは怒りに涙を流しながら見つめていた
俺を
さっき忘れたはずの吐き気がまた舞い戻ってきた
あの時と今の体重差は、12キロ

あの頃の俺に自由を渡してくれた跡部なら、こんな状況「ふざけんじゃねえ。」とかの言葉でぶち壊すと思う

俺は怖くて出来ねえ
この女があの時より身長が伸びた俺の顔を懐かしみながら言ったあの言葉が

「亮、私に隠し事は出来ないわ
主従関係は死ぬまで続く…」




(あなたのお気に入りの女の子、同族にしてあげましょうか?)


第十九話へ
修正11/4/4

top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -