あかりがまぶしい
3/4
 右に左に上に歩みを進める。もう自分がどっちの方角を向いているか分からなくなった。
「徹の先輩と聞いて全部屋貸切にしちゃった♪」
「んなごとするからペンションで稼げねんだ……」
 歌うようにのたまう小玉くんの母君の背中に連れられて最後に通された部屋は、大宴会場で使われそうな、畳が何枚あるか分からないくらいだった。
「おくつろぎくださいませ」
 お茶はここ、ご飯は食堂で、お手洗いはあっち、非常口は今来た道を……一通りの説明ののち、母君が丁寧におじぎをして部屋を去っていく。小玉くん以外の三人はそれに合わせて仰々しい座礼をかました。僕らが頭を上げた三秒後に小玉くんは爆発したように笑った。
「いやそれにしても、すごいね」
 ペンションという言葉に騙された。サプライズでもしたかったんだろうか。陽瑞さんは荷物を置くや否や一目散に真っ白な障子戸に飛びつき、勢いよく開けたと思ったら悲鳴のような声を上げた。
「すごいです! ここから大きなお山が見えます!」
「ここは盆地っすからね。山ばっかりです」
 呆れたようにそう言うものの、はしゃぐ陽瑞さんをみる小玉くんの目は嬉しそうだった。湯のみを四つ出し、急須で緑茶を入れている。
「話の途中なのも気持ち悪いんで……いいっすか?」
 じゃわじゃわと控えめに鳴く蝉は、幼少期への誘いを思わせた。
 四角い座卓を出し、四人で腰を下ろす。僕の目の前に陽瑞さん、右隣に小玉くん、右斜め前にハルキ先輩という具合だ。
 手短に話しますからと笑う彼は熱いお茶をしばらくふうふうと吹いて、半分くらい飲んでから一息にこう切り出した。
「つまりですね、のめり込みすぎたんすよ。勉強よりも楽しくて、学校にいるよりも”生きてる"気がして。
 浪人なんて怖くなかったっす。親不孝っすよね」
 えっ、と反応を見せたのは僕と陽瑞さん。ハルキ先輩はいつも通りの微笑みを絶やさない。
「俺が浪人だからって先輩達が同い年だとは限らないわけだし、いきなりタメ口きく新入生なんて、俺自身が嫌だったんで……。黙っているつもりはなかったんす。ただ、ここに来る前の先輩たちの話を聞いて、すごく胸が苦しくなって」
 『言葉で誤魔化すから、真実は叫べないんだ』。旅行の前僕はそう豪語した。決して秘密や隠し事を非難するようなつもりはなかったけれど、確かにそのように受け止められても仕方ないのかもしれない。しょんぼりと肩を落とした小玉くんの表情を見ていたら、僕も陽瑞さんくらいの慎みを持って発言をしたほうがいいのかもしれないと反省させられる。
「ま、そうだろうとは思ってたけどね」
 テーブルの角で日本茶を啜っていた榛紀先輩の意外な発言に、一同が注目する。
「え、いつから……」
「今日初めて知った。車で選択教科の話してたろ。あの教科、その頃の特設だったんだよ。中学三年時に導入されたのはちょうど灯火野くんたちの世代だ」
「さすが教育学部っすね……」
「ちょうどその頃のこと勉強してたのさ」
 榛紀さんはそう言ってにこっと笑ってみせた。
「でも、遅れがなんだって、今はそう思います。たかが一年ですが、灯火野さんたちの跡を継げる幸せで今は胸が一杯っす。早く雑誌、作りたいっすね」
 同志に出会えた喜び。それがどれほどの活力を目の前の彼に与えてくれたんだろうということは、瞳を見ればすぐに分かった。サークルが、そして僕たちが、その喜びを与えるに十分な存在であることをこうして教えてくれる小玉くんに、感謝しなければと思った。
「……呼び捨てで構わないよ」
 ちょっと声がうわずったかもしれない。こういう時の僕はどうしても格好がつかない。
「同い年なんだしさ」
 ふふ、と陽瑞さんが笑った。
(『ありがとう』という気持ちに、五文字じゃつまらないでしょう?)
 突然聞こえた”あの人"の声に僕もそう思う、と心の中で返事をした。
「大学に入ってまだ呼び捨てされたことがないんだ。これからもよろしく、小玉」
 こうして少しおどけるくらいが、大学生らしさであり僕らしさなのかもしれない。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -