あかりがまぶしい
雨降る晴れの紫陽花
 一本の傘を叩く水滴の奏でる音楽を友人のマキと二人で聴いていた。人間に雲の正体を教えてくれたのが君たちだとするならば、君たちの声を拾ってくれた人間はきっと賢い人間だったんだろう。
「花の色は移りにけりな……」
 突然呟いた私の言葉に、マキは困ったように笑って尋ねてきた。
「小野小町?」
「正解」
「なんで急に?」
「そこに紫陽花を見つけたから」
 指さしもせずに”そこ”と言ったけれど、雨に濡れた青が鮮やかな紫陽花はすぐにマキにも見つけられたようだ。
「土の酸性度で花びらの色が変わるのは有名な話だけど、紫陽花は蕾から枯れるまで何度も色を変えて咲くの。だから紫陽花は『移り気』っていう花言葉を持ってる花なの」
「サキちゃんの彼氏は、移り気?」
「どうしたの急に」
 今度は私が聞き返す。この子はいつもそうだ。
「歌を詠みだすサキちゃんよりは急じゃなかったってば。で、どうなの?」
 仲良くなってお付き合いし始めて、しばらく経ったあの人の事を言っているのは間違いない。ここではぐらかすと彼女は真剣に怒りだすから、真面目に答えざるを得ない。
「うーん、真逆かな」
 それは私に対する心配の裏返しだっていうのはちゃんと分かっている。
「そっか……まあ、そうだよね。サキちゃんよりいい女なんてまず居ないし、当たり前か」
「……花が、好きなの」
 だから、真面目にありのままを答えられる。

「花が好きだって言ってたのを聞いて、私の好きな言葉と、彼の好きな花を結びつける『花言葉』を少しだけ勉強し始めたの。タロットカードがいい意味と悪い意味を併せ持つように、花言葉もいい意味と悪い意味を持ってるんだ。……まあ、幾つも意味を持ってるから、受け取り方は人それぞれになるのかな」
 雨脚が弱まっているみたいだ。やっぱりにわか雨だったみたい。
「でも、うん。紫陽花は全然、彼を表す花じゃないよ」
 マキは分かったような分かってないような、微妙な顔をした。

 サキちゃんはあんまり自分のことを話さない。でも私はサキちゃんのことをもっと知りたいと思う。自分のことって人に話して初めて知れることもいっぱいあると思うから。サキちゃんはもっと自分に自信を持っていいはずだし、笑ってた方が絶対可愛い。
「自分の好きな物と相手の好きなものを結びつけようとして花言葉の勉強までするなんて、意外とサキちゃんって情熱的なんだな」
 彼氏が居ない年月が年齢と同じ私は、友達から幸せをお裾分けしてもらっている立場だ。でもサキちゃんの幸せはなぜか殊更に幸せな気分になれる。それがなぜかは今でもよく分からない。
「『元気な女性』はちょっとサキちゃんっぽくないよね……他には“辛抱強い愛情”、”一家団欒、家族の結びつき”……なんかあんまりサキちゃんには関係なさそうな花なのかな。負のイメージも見てみよう」
 だからもっと話してほしい。私の私に対する”わからない”を、サキちゃんに解き明かしてほしい。


 今日はちゃんと傘を持ってきた。梅雨の時期は天気用法なんか見なくても傘を持っていくと、この間お母さんの前で決意表明したのだ。
「ていうか、私と一緒に帰ってもいいの? 彼氏と帰ったりしないの?」
 サキちゃんの彼氏は知っている。クラスが一緒になったことはないけれど、物静かな感じの眼鏡男子だ。
「だって、二人になったって会話もせずに家に着いちゃうよ?」
 可笑しくってしょうがないという風にサキちゃんが笑った。でもどこか寂しそうな表情を私は見逃さなかった。
「『貴方は美しいが、冷淡だ』」
「あ……」
「そんな風に思われてたら、どうしようね」
 その一瞬だけ雨が傘を叩く音が、逆に傘が雨粒を叩き返しているように聞こえた気がした。
「それは、冷淡じゃなくて不器用って言うんだよ。不器用は悪いことじゃないよ」
 聞き覚えのある言葉。それは昨日読んだ、紫陽花が持つ負のイメージに他ならなかった。
「サキちゃんはもっと自分のことを話さなきゃ。どうせ花言葉を勉強してることだって枯れにいってないんでしょ?」
 何かあったのかもしれない。でもきっと、何もないから落ち込んでるんだと思う。
「……ありがと」
 自分のことか、とサキちゃんが私の後ろで呟いた。
「……」
「ん? なんか言った?」
「ううん、なんでも」
「じゃあクレープ屋さん行こうっ。サキちゃんの好きなフレーバー教えてよ!」
 知るって、こういうことからでいいんだよって、私が教えてあげられたらいいなって思う。
「マキちゃんといると……雨の日も、晴れみたい」
 おせっかいで馬鹿みたいに明るくてお人好しな私の背中に、サキちゃんがそう呟きながらピンクの紫陽花を思い描いているだなんて全然知らなかったけれど。
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【使用お題】紫陽花(第4回)

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