曹丕は、閨ではつねからの嗜虐的な性癖がなお強まるようで、愛撫はおおむね執拗だった。
夜具の上に押さえつけられ、帯を解かれ、裾を割られてなお、最後の抵抗をこころみる司馬懿のうすい胸に、主君は唇を落とす。
「こんな夜更けに、わざわざ私の室に来たのだ。――期待していたのだろう?」
「そんなわけが……ッ……」
反駁しようとしたが、淡色の胸飾りにじっとりと舌を這わされ、心ならずもそこに一気に芯が通る。その反応に嵩にかかった指先に、もう片方の尖端も転がされ押しつぶされ、司馬懿はたまらず熱い吐息をもらした。
「し……子桓さ……」
「まるで女だな、仲達よ」
なぶるような言葉に、かっと頬が熱くなる。
曹丕の閨に引きこまれるのは、初めてではない。
この、考えの読みにくい曹操の公子は、何を理由にしてか、ときおり思い出したように司馬懿の躰を求めてくる。その気まぐれに遭うたび、あらがいながらも結局は流され、いつの間にやら馴らされてしまったおのれの肌体を思い、司馬懿は敷布に顔を埋めたいような気分になった。
だが、これまでの幾夜かに、過ぎた手向かいは一層のこと曹丕を燃えさせてしまうと学んだ司馬懿は、頃合いをみて四肢を弛緩させると、曹丕の手に身をまかせるように、おとなしく目蓋を閉じてみせた。
あらがう術がないのならば、与えられる熱を享受するしかない。厭がろうと悦ぼうと同じように玩弄されるのなら、少しなりと自身も快楽を得るほうが、賢い遣り方というものだろう。
司馬懿のその、諦めの混じった横着な心算を知っているのか、曹丕は抵抗を止めた彼の長い髪を、満足げに撫でつけた。
その手つきは妙にやさしく、司馬懿はうすく眼をあけたが、ふたたび顔を伏せた主に、平らな胸から喉までをつうっと舐めあげられ、かすれた声をあげた。
「……ッ」
曹丕の唇は、いまやはっきりと硬く尖ってしまった乳嘴を弄いながら、時おり、まわりの白い肌をきつく吸いあげ、咬みついては朱い痕を刻んでゆく。
まるで、なにかに渇いてでもいるかのように激しく、胸ばかりを執拗になぶる主君の黒い髪を、吐息をもらしながらも司馬懿は複雑な心境で見やった。これでは本当に、女に対する施しではないかという声が、ちらりと脳裏をよぎる。
懶惰な打算のうえで肢体を開きながらも、それでも司馬懿は、訊かずにはいられなかった。
「なぜ、私を……」
「うん?」
曹丕が目をあげる。その唇は司馬懿の胸を食んだままだが、胴にひたりと添えられた冷たい両掌は薄く浮いた肋骨をなぞり、脇腹を撫でて、ゆっくりと腰骨へおりていく。
思わず、ぞくりとした感覚が足の爪先にまで突き抜け、司馬懿は言葉を変えた。
「……私などを抱いて、なにが愉しいのです」
嘆息のような声に、曹丕は緩く笑んだ。
「お前の嫌そうな顔が」
その瞬間、司馬懿が浮かべた表情を見て、曹丕は今度こそ声を立てて笑った。そして、ぷいと横をむいた目許に口づける。
「その顔だ、仲達……お前は不機嫌な時に限って、色気のある顔をする」
あまりに趣味の悪い物言いに、眠らせた反抗心が頭をもたげかけるが、睨みつけようとした主君の瞳がひどく暗いことに不意をうたれ、司馬懿はひらきかけた口をつぐんだ。
とたんに敏感な腰骨を指先で強くなぞられ、体が大仰に跳ねる。
「ここが悦いか」
「違、っ……」
「違うだと……? こんなにしておいてか……?」
耳朶を咬みながら囁く曹丕の手が、脚のあいだに滑りこんだ。そうして、胸と腰をなぶられただけで、すっかりと兆してしまった刀身を、遠慮なくまさぐりはじめる。
司馬懿は思わず目を瞑った。
「……ッ!」
「やはり、ここが一番か」
からまる曹丕の指の冷たさは、はやる熱を鎮めるどころか、新たな刺激となって司馬懿をさいなんだ。熱く熟れる刀身を握りこみ、扱きあげ、たまらず司馬懿の腰が揺れたのを見計らい、曹丕は愉しそうな声音で告げる。
「悦いのだろう、仲達」
「……そ、そんな、こと、は……、」
それがあまりに空虚な台詞だということは、司馬懿自身が一番分かっている。引き攣れた下肢の中心で熱はせつないほどに高まり、もはや、解放のおとずれを待つのみとなっていた。
しかし、曹丕の手は突然にその施しを止めると、未練も残さずあっさりと離れていってしまう。
司馬懿は思わず高い声を放っていた。
「や……ッ!」
「どうした……足りぬか?」
「違い……ますッ」
必死にかぶりを振れば、指がふたたび伸ばされる。人差し指の腹がじらすように蜜に濡れた尖端を舐め、それだけであさましく慄える体に、激しく唇を噛む。
薄い膚に血がにじむ前に、曹丕の舌がやさしく触れてきた。
「お前の、この口が、」
柔らかい境目をなぞられ、思わずひらいてしまった唇を割って、甘い酒の香が口腔に入りこんでくる。
「体と同じくらい素直ならば、よいのだが」
「っん……」
舌を強引に吸い出され、曹丕の唇にくわえあげられて、ついに司馬懿の体から最後の力が脱けた。
抱き起こされるまま、ぐったりと主の体に重みをあずけると、驚くほど強い力で抱き締められる。空気をもとめてのけぞった喉に、熱い唇が押し当てられるのを感じながら、司馬懿は言葉にならぬ訴えを、意地の悪い主君に繰り返した。
「し、かん、さま……っ」
気づいた時には、獣の姿勢をとらされていた。曹丕の冷たい、力強い指が腰の線をたどり、双丘を押しひらく。司馬懿は知らず、声を発していた。幾夜のまじわりで馴らされたそこは、すでに柔らかく膨らんで口をひらいているに違いなかった。
ぬるい香油を垂らされ、一瞬竦んだように収縮したそこに、曹丕の尖端があてがわれる。ぐいと拡げられてわずかにのぞいた粘膜に、熱い切っ先が触れたと思った途端、容赦のない力で貫かれた。
「――――――!」
更夜のしじまを破ったあられもない声が、ほかならぬ自分の喉から放たれたものだと思っただけで、司馬懿の全身は火になった。
油の滑りを借りた曹丕は若さにまかせ、はじめから容赦のない激しさで腰を入れてくる。突き上げられるたび、司馬懿の尖った乳嘴は敷布をこすり、熱く疼く刀身は曹丕の掌に握られて、ぬるつく蜜をまとって強く扱かれる。
本当に曹丕の手のなかの玩具になってしまったような気がして、司馬懿は敷布を噛みながら、ほとんど歔欷のような声をもらしていた。
「……ッ、くぁ……ぁ!」
だが、幾度も熱の塊が押しこまれ、そうして引き抜かれる瞬間に背筋を駆けのぼる、悪寒とも快感ともつかぬ異様な感覚は、司馬懿の怜悧な思考からさえ、すべてを奪っていくに充分だった。
いつの間にか涙があふれていた。それが生理的なものなのか、快楽のあかしなのか、もはや自身にさえもわからなかった。
「悦いぞ、仲達……」
「あ、あ、あッ」
覆いかぶさるようにして曹丕が耳元で囁く。吐息が熱く濡れている。高く音を立ててぶつかりあう肌も熱くてたまらない。
「しっかり奥まで開いているな……さすがに仲達は呑み込みが早い、褒めてやるぞ」
陽炎のようにゆらめく意識のなかでさえ、羞恥のあまりに耳をふさぎたくなるような言葉を告げられ、司馬懿は激しくかぶりを振った。
「嫌、あっ、あ、ああああ」
その動きにつれ流れおちる長い髪のはざまにのぞく項を、濡れた音をたてて吸いあげられる。曹丕はそのまま、司馬懿の髪に鼻先をうずめた。
「お前は嫌しか言わないな……。お前も、……」
独言のようにつぶやきながら、首筋にあまく歯を立てる。
その仕草はまるで甘えてでもいるかのようで、責め立てられながらも司馬懿は思わず、濡れたままのまなざしを背ろにふりむけた。
「子桓、さま……?」
「仲達、」
曹丕は笑っていた。どこか、均衡が破れたような、苦い笑いだった。
「あっ……」
つながったまま脚を抱え上げられ、仰向けに牀の上へ転がされる。
顔の横に両手をつき、無言で見下ろしてくる曹丕の双眸が、燃えている。暗く蒼い情欲の炎に滾るそのまなざしが、司馬懿の眼にはなぜか、今にも泣きだしてしまいそうな色に映った。
「仲達、……仲達、」
熱にうかされたように司馬懿の下肢を苛みながら、曹丕は幾度も彼の名を呼ぶ。首筋に強く頬と唇を擦りつけながら囁かれる吐息と言葉は、司馬懿の肌を濡らし、そして痛いほどに灼いた。
「……お前さえいればよい……お前さえ、いれば……」
「子桓さま、」
いくばくかの驚きをふくんで、司馬懿は彼の名を呼んだ。
だが、顔をあげた曹丕は、表情にすでにいつもの冷たい屈折を得ていた。
「……戯れだ。聞き流せ」
「は……」
司馬懿は逆らわず、眼を伏せて、きつく抱いてくる主君に身をゆだねた。
おずおずと腕をのばし、その背をやんわりと抱き返すと、曹丕の体が一瞬ぴくりと震えたが、なにも言わずにふたたび司馬懿の上で動きだした。
「ん……あ……」
突然、ひやりとしたものが、頬に触れ、司馬懿は眼をあけた。
目の前には曹丕の、愉悦に酔ってなお、おそろしく整った顔がある。
触れあった肌は熱い。絡まる吐息も熱い。窓は庭園に向かって開け放たれているが、かすかに吹き込む初夏の夜風はあまりにぬるく、水と、重い花の香りを運んでくるだけである。
いぶかしげに瞳をさまよわせる司馬懿の汗ばんだ両脚を、曹丕はこれ以上ないというほど大きく開かせた。そして、そと事を考えるのは許さないとばかりに、力まかせに責めはじめる。まるで仇ででもあるかのように腰を叩きつけてくるその力に、司馬懿はたまらず喉をそらし、声をあげた。はじめに感じた悪寒はもうなかった。そこにははっきりと、抉られる快感のみがあった。
司馬懿の腰が動きだしたのを見定めた曹丕はますます激しく猛り、司馬懿は頭を抱えこまれていることも、顎をつかまれ、彼の舌が口の中に押しこまれたことにも気づかなかった。
吐息に煽られる。意識が舞い上がる。
「っはッ、あ、ん……っ……あああ!」
熱い尖端に、いちばん悦い場所をひときわ深く穿たれ、司馬懿は甘い悲鳴をあげた。下肢が慄き、真っ白な快感がはじけて、噴きあげられた熱い飛沫が、刹那、すべての思考を押し流した。
「くっ……!」
曹丕もうめいていた。同時に、つながった中に熱い湯がにじみ出すような感覚をおぼえ、司馬懿は背をそらし、爪先をまるめてその刺激に堪えた。
「仲達……」
脱力した曹丕が覆いかぶさってくる。耳元で名を呼ぶ声がどこか頼りなく、腕を伸ばそうとしたが、力が入らない。
かわりに、子桓さま、と唇を動かすと、また体がきしむほど強く抱かれた。それが不思議と心地よかった。
曹丕の腕に抱かれ、うつつと夢との端境に、つかの間、たゆたってから、――司馬懿は堕ちるように意識を手放した。