▼感情に名前をつけるということ/どちらかと言えばブルー
「それって好きってことじゃないの?」
わたしは彼にそう言った。
その瞬間、彼は涼しげな色をした目に着火したように色を変えた。
「なにを言っているんです」
がっと掴まれた胸倉に、驚いた。わりかし品行方正な生き方をしてきたわたしにとって、そんな手を出されるようなこと普段はなかったからだ。
「あなたがよく、口にするその『好き』と、これが同じだと、そう言いたいんですか」
おずおずと顎を引く。
「馬鹿らしい!」
吐き捨てるように言ったビートくんの声にごくんと音が鳴った。
「あなたの、チョコレートが『好き』はもっと食べたいで、ポケモンたちが『好き』はかわいくてそばにいたい、そうでしょう!?」
声を荒げた彼は、つらつらとそんなことを言う。
「ぼくはこんな感情もういりません、自分が自分でどうにもならないなんてそんな不自由はごめんです。そんなのはあの一瞬だけでよかった。一歩近づくだけで、突き飛ばしてしまいたい。手の届く距離にいたらいっそ殺してしまいそうで、そんな自分が恐ろしい」
紛れもなく本心だと思う。私が今一歩踏み出したら、もしかすると本当に首をぎりぎりと締めてきそうなほど、彼は殺気立っていた。
試してやろうかと思った。
「ポケモンの親子のように優しくしたいと思うことだってありますよ、甲斐甲斐しく世話を焼いて、何もかも与えてあげたいと思うことがないわけじゃない」
ぎゅっと腕に筋が出るくらい握りこんだ拳が揺れて、私の体も引っ張られる。
「でも、きっと、殺してしまえば満足してしまいますよ」
私の胸倉から手を下ろして、彼は呟いた。
それはだめだね。私は君と末長く楽しくやりたいから、やめておこう。
「なまえ、あなたは間違えています。あなたの間違いがさっさと直るよう祈ってさしあげますよ」
吐き捨てるようにそう言って、彼は踵を返す。その足取りは苛立ったように早く、そして荒々しい。
「それでも、やっぱりわたしは、それが好きだと思うよ」
もうほとんど見えなくなっている彼の背中に、そっと投げかける。
わたしが問題発言をする前に彼が言ったことを反芻する。
その人のことを目で追ってしまう、どこにあるのか、なにをしているのか。見たことのない表情を見るたびに、心臓がうるさくなる。自分ではない人に向けられていると、バトルで技が外れたときのように思ったり、負けた時みたいに感じる。私はその言葉をすんなりと飲み込んでから、咀嚼して、噛み砕いて飲み込んだ。
どれもわたしには、覚えがあった。
彼は珍しく、穏やかな表情でそんなふうに語った。まるで君と私のことを言っているんだと思ったし、なんだか少女漫画みたいで心が高鳴るような気さえした。
だから軽々しく、あんなことを言ったんだ。
掴まれた胸元を直すように手を添えた。まだドキドキと音を立てている。
「好き」
だから、これは『好き』だよ。