▼ピンキーピンク
「おにいちゃん、いつそれ渡すつもりなの?」
ユリーカの声ではっと顔を上げたシトロンは、彼のなやみのタネに視線を落とした。
その視線の先にはアクセサリーが鎮座していた。緑色の石が光る丸みを帯びたフォルムが揺れる自作のブレスレットは、キラキラと光を反射している。それは彼が慣れない作業をおして制作した、恋人のパートナーを模したものだった。
「渡さないと、ダメ……かな」
「ダメだよ!私も協力したんだからちゃんと渡してよね」
「う、うん」
アクセサリーを作り終えて一週間、ペンダントトップのような形状のそれをブレスレットにするか、はたまたネックレスの形にするか、形を変えて他のものにするか彼は悩んだ。その答えは兄を見兼ねたユリーカが、なまえにリサーチをしてきたことで解決した。
その次の一週間、彼はラッピングまでし終えては解いて、何度も気になる部分の磨きや調整を繰り返した。それは渡そうとするたびにちらつく心残りと緊張のせいだった。
そのまた次の一週間、彼はなまえに渡すためのシチュエーションを考えた。調整を幾度となく繰り返したブレスレットは売られているものと遜色がないほどのものになっていて、もう渡すことを遅らせる理由にはならなかった。
何度シミュレーションをしていても、彼女を前にラッピングしたアクセサリーを持っているだけで心臓が大爆発の前の炉心のように暴れまわり始める。
彼女に自分の発明品を見せたり、贈ったりしたことは何度かあった。それを喜ぶ姿も何度も見た。それなのにとシトロンは、自分の不甲斐ない有様に引きつった口角を緩めて溜息を吐いた。
彼が彼女のために何かを発明品を作ることはあった。そのたびに喜ぶ姿を見て、彼自身もうれしくなって、また新しい発明を作る。それはシトロンにとって、刺激であり、好ましいものだった。
その延長線上にあったはずのプレゼント――きっとなまえが喜ぶだろうと彼女の手持ちのなかでもお気に入りのヌメラのシルエットからデザインをしたアクセサリーを作った。
それなのに彼女に渡そうとする場面を想像するだけで、どくどくと心臓の音が鳴り始める。頭の中のシトロンはロボットのように(彼の作る発明品はその何十倍のスムーズに動くが)、がちがちとなって何も言えないまま、彼女を目の前に静止してしまう。
きっと喜んでくれる、そんなことわかっているのに……とシトロンは抱えた頭を掻いた。
しかしユリーカにも言われたように、渡さないわけにはいかない。彼だけでなく、女の子の意見だと言って協力してくれた妹の手前もあって、シトロンはなんとかプレゼントを渡さなければと考えた。
そして、彼は解答にたどり着く。
「恋人にプレゼントを渡すマシン!パワーオン!!」
兄らしい手段と、プレゼントとは違い数日も足らずで作り上げてしまう兄にユリーカは苦笑した。
「おにいちゃんったら……でも、これでなまえさんに渡せるね」
「そうだね、ユリーカ。じゃあさっそく」
エイパムアームを改良した腕にラッピングを終えたプレゼントを持たせる。
「よろしくお願いしますね」
プリズムタワーの近くで待ち合わせをしているなまえの元に、車輪を付けた機体を送り出そうとしていた。
一輪の花を添えたプレゼントをマシンが渡して、なまえが喜んでいるところに姿を見せる。それだけでいい。プリズムタワーから出ようとしているマシンを見て、心臓がまた早くなってくる。ごくんと息をのみながら、その様子を見守ろうとした彼は、目を見張った。
なまえはヌメイルを隣に連れていた。進化したばかりのヌメイルをシトロンに見せようと、意気揚々と隣に出して、驚かせようと思っていたのだ。
「シトロンくん、驚くかな」
「ぬめぇ」
なまえの腰よりも高い位置まで大きくなった体躯は、擦り寄ろうとするだけで彼女をよろめかせる。
「おわっと、ヌメイルもう少し優しく!」
「にゅ?」
見上げるつぶらな瞳に、なまえは叱るに叱らなくなって口を閉ざす。ヌメイルは許されたのだと思い、嬉しそうに鳴いた。そんなヌメイルになまえは苦笑いしながら、少し早く着き過ぎたかとちらりと時計を確認する。
その時、ヌメイルの触手がぴくりと反応して、反射的に近づいてくるなにかに威嚇した。
「ヌメイルどうしたの?」
なまえはヌメイルの異変に気付いて、マシンを見る。見覚えのある意匠に顔を綻ばせた。ヌメイルもヌメラのままであれば、きっと何度も見たマシンと同じ種類のものだと認識することもできたかもしれない。しかし、ヌメイルになって間もなく、まだシトロンにもシトロンのマシンにも会ったことがなかった。そのため、不審なものだと認識してしまった
「シトロンくん?」
近くにシトロンがいるのだと思い、一歩近づいた瞬間、トレーナーが守ろうと粘液を吐き出した。
「ヌメイル、だめ……!」
外側の装甲は、当たり前ながら恋人へのプレゼントを渡すためのものであるせいか、難なく溶けて内側を浸食した。
エイパムアームは中途半端に伸びたまま、ぼろりと落ちる。その姿を見て、なまえはやってしまったとヌメイルを下がらせてからマシンに近づいた。
「あ、……やっちゃった」
恐らくシトロンが自分に見せようとした新しい発明だったのだと思い、なまえは申し訳なさでいっぱいになる。もしかすれば、この子がシトロンの元にでも案内してくれる算段だったのかもしれないと思いながら、動かなくなったマシンを眺めると、いつもの彼の発明とは少し雰囲気の違うパーツに気付く。よく見てみれば、それは金属のパーツとは全く違う素材だと気づき拾い上げた。
「す、すみませんなまえさん、ヌメイル!」
シトロンは覚悟を決めて、彼女の元に急ぐ。
なまえの手には落ちた拍子に少し形を変えたプレゼント。自分で渡そうとしたときとは違う心臓のうるささにシトロンは、ひどく居心地悪そうな顔をして頭を下げようとした。
「ぼく、」
格好がつかなくても自分で渡していれば、と脳内で自分を責めていたシトロンの手をなまえがプレゼントを持って一緒に握る。
「恋人からプレゼントをもらうましーん……なんちゃって」
花と『present for you』と添えられた言葉に、意図を察したなまえは頬を染めてはにかんだ。