オルゴール・デリート


「それ、昔つけてたよね」
私が触れて良いものかわからなくて、でも気になってつい言葉に出した。
それは、金色の腕時計。私と出会っていないときの彼がつけていたもの。
時折取り出してメンテナンスをしている姿を見て、その真剣な表情にいつも嫉妬する。有り体にいえばヤキモチだった。
その元の持ち主も知っていて、彼からぽつりぽつりと話も聞いて、それでもやっぱりあの人がしたことが私には許せなかった。でもそれは過去のことで私とは関係のないことで。それでいて彼には大切なことなのだろうと諦める。
「ええ」
ちらりとこちらに視線を寄越した彼がまた、時計に目を落とす。すこし、くやしい。
「なまえ、隣に座ってください」
「んー?」
ストンと隣に腰を下ろして、その作業を覗き込む。基本的に整備はお店に頼んでいるようなので、磨くのが彼の仕事だ。
「まだ動いているんですよ」
「良いもの、なんだろうね」
「ええ」
そんなものを小さい少年にあげた理由が私にはすこしわからないけれど、そんな水を差すような言い方はしたくなかった。
「秒針の音が聞こえると、安心しました」
「え?」
「この音です」
彼は私の耳元に時計を持ってくる。珍しい。触らせてくれたことなんて一回もなかったのに。触りたいとも言わなかったけど。耳をすますと静かな部屋で時計の秒針が動く音が聞こえる。
「寝るときにもよく付けたままにしていたんです、寝相はそんなに悪くなかったですし、周りも信用してなかったので」
確かにこの高価そうな時計は、彼の生い立ちから見ればウィークポイントになり得るのかもしれない。
「ビートくん」
「この音はぼくにとって心臓の音だったんです」
一定数をずっと狂いなく鳴らすそれがビートくんにとっては、どういう意味だったんだろう。それが心臓の音なわけがないのに。
彼の穏やかな表情に少しだけ涙が潤む。こんな話をするのは初めてかもしれない。自分の弱みを見せたがらないくせに、ずるい。
「貴女といるようになって、初めて気づきました」
「なにが……?」
「時計の秒針の音なんて心臓の音とは全然違うんです、貴女の心臓はぼくといると本当にうるさくて、規則正しくなんてなくて」
「それはビートくんもでしょ……」
「うるさいですよ。……だから嫉妬はやめてください」
ビートくんがぱたんと箱に時計をしまって、そう言った。
「バレてないと思っていたんですか、もしかして」
「私そんなわかりやすい?」
「顔からはかいこうせんでも出しそうなくらい」
どういうことだそれは。
「なまえ、」
手を引かれて彼の胸の中に飛び込む。顔面押し付けるように飛び込んだせいで、変なポジションだ。
「……本当にうるさいですね」
言いかけていた言葉を待っていたら、照れ隠しのようにそう言われてしまう。
「本当はなに言おうとしたの?」
「秘密です」
隠してるけど、
ビートくんの心臓の音も十分うるさいってわかってるのかな。

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