▼わるいこだれだ
ぐぅとお腹の音が鳴る。
今日は雪が降るほど寒くて、お腹が空いている。
何か食べようか、と寝ぼけた身体がエネルギーを欲している。
チョコレート。あった、コンビニの新商品とお気に入りのちょっとお高いやつ。でも今は甘いものではない。
ポテトチップス。ない、油分多めでピンクじゃなくてジャンキーなそれは、この家にはそんな姿を現さない。
おつまみ。作ればある。作りたくはないので却下。
そもそもすごくお腹が減っている。
お菓子とかでは物足りない。今日の夜ご飯は食べきってしまっているので、つまみ食いは無理だ。
非常に困った私に一つの天啓が舞い降りた。
そういえば、カレーの材料の余りがあったような気がする。
それもただの材料ではない。
この魔力にはどんな人間もポケモンも抗えない。
そっとベッドを抜け出して、キッチンの方へ向かう。できる限り音を立てないようにと慎重に歩く。
かちゃかちゃと鍋同士をぶつけながら、少し小さなサイズの合うものを選んで取り出す。
それから魔法の袋ラーメンだ。こんな姿、絶対に見られたらなんて言われるかと思いつつも、すでに取り出した以上、覚悟は決めているのでやめるつもりはこれっぽっちもない。
「今日は塩の気分」
「なにがですか」
「ひゃん!」
飛び上がった私に近所迷惑ですと注意するビートくん。
「な、なんでここに」
「どこかの誰かさんが人の隣でごそごそ起きて、お腹を鳴らしてキッチンに向かっていたものですから」
全部見られてる。
あからさまに私を馬鹿にするような顔でこちらを見てくるビートくんに、どういい返そうか逡巡する。
まずい。
こんな時間にこんなものを食べているなんて、そんなことがバレてしまったら、最近はだいぶ言われなくなった嫌味をこれでもかというくらい言われてしまうだろ、う?
彼を見れば、私の手元のラーメンに目がいっている。
「今日の夜ご飯あっさりしすぎたね」
「……ふたりして目が覚めてしまうくらいですからね」
鍋にお水を溜めて、火にかける。
沸騰を待っている間にビートくんのお腹から音が鳴って笑ってしまって怒られた。
「ほら、沸騰してますよ!」
誤魔化し方が可愛い。
麺を入れて、三分タイマーを掛ける。ビートくんのお腹に抱き着くとぐいーと頭が押し戻される。
「邪魔です」
「暇なんだもん」
「なまえ吹きこぼれそうです」
「はーい」
火の強さを調節して、タイマーは1:00を示してる。
仕方ないので、お箸と器の準備と思ったけど、取り出し掛けた器をもう一度棚に戻す。
ぴぴぴと音が鳴って、タイマーと鍋の火をビートくんが止める。
粉末スープを鍋に入れる。
塩の香りに、この今まで乾燥してましたよと言わんばかりの縮れ麺に絡むスープ。少しとろっとしたスープのしょっぱさが私好みだ。
ついでにねぎやチャーシューを乗せるのもいいが、やっぱりこんな真夜中に食べるのにそれは逆に無粋だろう。
ああ、でもごまだけならいいかもしれないと、そっと調味料の中にあったはずのごまを探し出してひとつまみ。
隣のビートくんを見れば、ラーメンに目を奪われているみたい。ふふん、夜ラーメンの威力にはいかにフェアリータイプでも抗えないだろう。
机に移動して、隣の椅子を叩いてビートくんを呼ぶ。
「そんな身体に悪そうなものをこんな時間に」
とか言いつつも隣に座る彼に、にまにまと笑ってしまう。
「それでは共犯ということで」
いただきます。
「うまー」
絶妙な塩気、これが食べたかった!
「はい、どうぞ」
「お皿もないんですか?」
「こういうのは鍋から食べるものだよ」
「そう、なんですか?」
半信半疑のビートくんが、ふーと麺を箸で持ち上げて、息を吹きかける。
湯気が出ているそれに、口をつけてずるりと啜る。
スープがぴょんと跳ねて、鍋の外に落ちる。
「我ながら美味しそう……」
ビートくんが鍋からラーメンを食べている!ロトムがあったら写真撮ったのに!
「おいしい?」
「まあ」
「もっと食べて」
覚悟は決めたけど、全部食べたらきっとお腹にそのままつくから……。往生際の悪い私と違い、ビートくんは容赦なくラーメンを食べている。
麺を啜る音がして、ビートくんの口に吸い込まれていくラーメン。咀嚼して、飲み込む時喉仏が上下する。ふうと熱さを逃がすみたいに息を吐く。またラーメンを持ち上げて、さっきより大口でラーメンを食べる。鍋にしたから丼で食べるよりも行儀が悪く顔を突き出さないといけないのが、いつもの食べ方と似ていないせいだろうか。
なんとなくいけないものを見ているような気分になる。きゅんとお腹の奥が疼く。空腹のせい。
「なんですか」
訝しげなビートくんの視線に首を横に振る。
「あーん」
口を開けて突き出せば、嫌そうな顔をされる。仕方ないのでお箸を使って一口頂いて、またビートくんにあげる。
男の子だなぁと、やっぱり思う。鍋に口をつけてスープまでしっかり飲み干した彼が、手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまでした」
私が先に言って、追うように彼が言う。
お箸を奪われ、鍋と箸を持ってビートくんがキッチンに立つ。
水音が響く。
「こういうのは明日残しておくものだよ」
とても嬉しいですが、今はそんなことより私の相手をしてください。