にせもの、ほんもの3


「あなたもしかして暇なんですか?」
ビートくんは元から私に気を使うような子ではなかったけれど、最近目に見えてあからさまに私の扱いが雑だ。
「あまりにも暇そうなので無職なのかと」
「その顔傷つくんですけど」
確かにここ最近はほぼ毎日ここを訪れては、ポプラさんの扱きをみているわけだけれど。
「仕事だよ、これもね」
「どういう意味ですか?」
「ないしょ」
言葉はまるで優しい響きをしているのに、心の中は大荒だ。まだ、言われてないから、意地でも作ったりはしないけど。
ビートくんは私の声に敵意が含まれていることを察しているのかいないのか、少し訝しげな表情をしている。
彼は左利き、ジム用のポケモンは現状ブリムオン、ガラルギャロップ、キルリアの三体だ。
彼がジムリーダーになるならば、もう一体は増えるだろうし、今いるランクルス、ゴチミルのボールを考えると、やはりフルでホルダーは必要なはずだ。
休憩のために私のいたベンチの方に来ていた(荷物がそこにあるからだけど)ビートくんは、水を飲んだりポケモンたちにフードやまんたんのくすりをあげている。
ポプラさんの手招きは嫌な予感しかしないが、仕方がないとそっちに向かう。
「ビートと戦ってみな」
「わ、私が?」
「そうさ、あんたならジムチャレンジャーと似たような力量だろう」
「失礼だなー!私だって強くなってるんだからね」
ポプラさんの心外な評価に抗議しながら、後ろを振り向く。
「どう?やる?」
「やりましょう」
ベンチで体を休ませている彼が立ち上がる。私はチャレンジャー側に立って、ボールを構える。
「ジム戦形式、入れ替えはチャレンジャー、なまえだけに認めるよ」
「何体がいいかな」
「二対二でどうですか」
ブリムオンとギャロップか。当たり前だけど、育成途中のキルリアは出さないよね。ここ数日ずっとベンチで見学している。今日もベンチでいい子にしているみたいだったし。
「いーよ、じゃあ行くよ。ランクルス!」
「行きなさい、ギャロップ!」
だよね、ランクルス相手なら確実に先行が取れるし、さっきまで戦ってたブリムオンは休ませた方がいいに決まってる。
「きゅぷ」
相手はランクルスを使ったこともある相手だ、戦略はある程度バレてるだろう。ランクルスが振り向いて頷く。そうそう、大丈夫だよね。
「行くよ!サイコキネシスで牽制しつつ積んで!」
めいそうを積んで一回。ギャロップの動きを捉えることが優先だからこそ、広範囲にサイコキネシスでカバーする。
「させませんよ!ギャロップ近付いて隙を与えるな!とっしんです!」
スピードを上げて飛び込んでくるギャロップに、にやりと笑う。
「トリックルーム!からのシャドボ乱れ打ち!」
ギャロップの動きが鈍くなる。向かい側の彼の舌打ちが聞こえる。辛うじてシャドーボールの致命傷を避けるギャロップ。すごいな、やっぱり。トリックルームだと遅い方が速くなる。だからこそギャロップの速さではシャドーボールの速さに追いつかない。それなのに最低限の動きでしっかりダメージを減らしているのがわかる。
「もしかしていのちのたまですか」
ぎりりと歯噛みする彼の予想は当たりだ。
「うちの子マジックガードなので!そのままフィニッシュ!」
「マジカルシャインです!」
牽制かもしれないが直撃したそれに、悲鳴をあげるランクルス。
「今ですよとっしん!」
「向かい打て!至近距離でシャドーボール!」
砂煙が舞い上がって、二人の姿が見えなくなる。
「あちゃー」
彼はむすっとした顔で、倒れているギャロップをボールに戻している。ランクルスもきゅぷきゅぷとダウンしている。
「よし、いい子!辛いカレー作ってあげるからね!」
小さな子供くらいの重さのランクルスを抱き上げて、モンスターボールに入れてあげる。
「さて、次はこの子!」
「にゃー!」
「ニャイキングですか」
「そっちはブリムオンだよね?」
ボールから出てきたブリムオンがにっこりと私に微笑む。これは、ちょっと怖いな。
「とりあえず、あなをほって撹乱!」
「ブリムオン警戒を怠るな!」
あなをほるは失策だったかもしれない。音に敏感なブリムオンなら地面の異変に気づくかもしれない。
「そのままアイアンヘッド!」
ヒットアンドアウェイで狙うしかないか。案の定音でばれたせいで狙われている。
「引いて!」
「逃しませんよ、マジカルシャインで目眩し!そのままサイケこうせんです!」
「サイケこうせんにじごくづき!」
ビートくんとブリムオンの動揺は誘えた。けどサイケこうせんの直撃を免れただけでニャイキングも傷ついている。
「ブリムオン、めいそうです」
「させない!アイアンヘッド!」
「きましたね、マジカルフレイムです!」
ブリムオンから放たれたマジカルフレイムの直撃を受ける。
「ニャイキング!」
ぎりぎりで耐えきったニャイキングだけど、このままだとじり貧だ。何が成長してるだ……。
「ごめんね、てっていこうせん!」
任せろと言わんばかりの頼もしい声が返ってくる。
「当たれ!」
ニャイキングから放たれた鈍い光の光線がブリムオンに叩き込まれる。
特攻の低いニャイキングでも半分のHPを持っていくこれならそこそこのダメージにはなる。
「後は間合いを詰めてアイアンヘッドでラッシュ!」
私の指示よりも早く地面を蹴っていたニャイキングの攻撃が光線に続いて、ブリムオンの元へ届く。
「ブリムオン、マジカルフレイム」



「なかなかでしたよ」
ビートくんは見直したような表情で私を見てくる。結果は私の負け。
あと一歩のところでニャイキングが倒れてしまった。
「ビート、なまえはジムバッジを渡すに足るトレーナーかい?」
回復を終えた私たちにポプラさんが尋ねた。ごくりと唾をのむ間もなく、ビートくんが答えた。
「ぼくに勝てなかった。なら、渡すわけにはいかないでしょう」
「そうかい」
その通りだ、とは思う。特に、ジムチャレンジ中は観客もいるから当たり前だけど負けた人間に、ジムバッジは渡さないのは当然だ。当たり前だけど、多分ポプラさんはそんなこと言ってるわけじゃないんだろうと思う。
でも、そうじゃない。手を抜くわけでも、手加減が必要なわけでもない。でもジムリーダーはどこかに通す者と通さない者のラインを引いて見極めている。私はそれを知っている。
このジムをビートくんが守るなら、どんなラインを引くんだろう。
私は、ポプラさんを見る。
なんでもないみたいにビートくんの返答に頷いているポプラさんが、私の視線に気づいて口角を上げた。これはいいよのサインだ。
「ビートくん、ダブルバトルしようよ」

戻る


×
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -