睦月の夜


「クダリさん、クダリさん」
ソファーに賢者タイムよろしく座っている僕の前に四つんばいで寄ってきたなまえちゃんは甘えるように足に引っ付いてきた。
「まだ、悩んでるんですか」
その僕の悩みの種であるはずのなまえちゃんは少し不満そうな声でそう言った。
まだ、というのは明日にはその悩みも関係なくなってしまうそんな日に、という意味だろう。
「……そうだよ」
僕はなまえちゃんの頭を撫でれば、なまえちゃんは相変わらず不満そうにでも、少しだけ嬉しそうにしてくれた。
「だって、なまえちゃんは」
「はい」
「僕と結婚するんだよ」
言葉にすると、現実味がなくてふわふわしてしまう。ゼク○シィ読んだし、式場もきっかり明日で予約済み。なまえちゃんのウエディングドレスを見るために僕は生きてるってくらい。
なまえちゃんは僕のそんな気持ちを理解しているのか、していないのか、僕の隣のスペースに座る。
「知ってますよ」
えいっなんて可愛く言って僕のほっぺに人差し指を刺してくる。なまえちゃんの爪は短めだからあんまり痛くない。
「らって僕はあひた君を奪ってしまふんだ」
なまえちゃんの人差し指が邪魔して、伝わったか分からない。けれど。
例えば、君の友人とかそういう、君の今までの全てから、大袈裟と君は言うかもしれないけれど世界から奪ってしまう。僕はこれでも我儘だから、君を手に入れたら手放すことなんて絶対にしない自信がある。
「クダリさん、私、考えてたんです」
「なにを?」
「私のことを一番に考えてくれる人を」
ああ、それはきっと僕だろうな。
「お父さんやお母さん、友達より先にクダリさんだなあって思ったんです」
「それなら、良かった」
「だから、私もクダリさんのこと一番に考えたくて」
その言葉に僕は驚いてなまえちゃんの方を向くけど、同時に立ち上がったなまえちゃんの表情は角度的に見えなかった。
窓の方へ近づいたなまえちゃんは閉まっていたカーテンを捲って、その奥へと隠れてしまう。
僕はそれを追うように窓の方へ。
僕がカーテンを捲れば、なまえちゃんの姿は無くて焦ってしまう。そんな僕を笑う声はカーテンの外側、部屋の方から聞こえたと思って、内側を見ればまたカーテンの端が捲れるのが見える。
「なまえちゃん」
もう一度、そっとカーテンを捲れば、窓に手を当ててどこか遠くを見ているなまえちゃんが隠れていた。なまえちゃんの見ている夜空は、彼女の遠い故郷に似ているのだろうか。いつもいつもそんなことを考えていた。僕の知らない君が、淋しげなその横顔に涙を伝せるシーンを何度も盗み見た。
そう、その顔だ、僕はその顔をしてほしくなくて、そんな顔をしてほしくなくて、それで。
「なまえちゃん」
いつか来るかもしれない別れの辛さも何もかも僕が背負うから、そう言って僕は自分勝手に君のそのわざと閉ざしていたものを抉じ開けた。
「クダリさん、泣きそうですよ」
僕はもう彼女を奪ってしまっていたらしい。
窓の外から視線を外して僕を見たなまえちゃんは笑っていて、嗚呼僕って幸せ者だなぁって。
なまえちゃんに腕を引かれて、僕はどうするべきか察して、彼女を腕の中に閉じ込めちゃう。
背中に回される腕に、目を閉じて明日に思いを馳せる。……。
……。
……。
「失敗したらどうしよう」
僕って、ほんとだめなヤツだな!
「え?」
一つ解決すると、その次が現れる。心配性の僕に、なまえちゃんはきょとんとしている。
「だって、なまえちゃんの晴れ舞台なんだよ」
「クダリさんのでもありますけど」
「僕のならまだ良いけど」
「良くないですよ」
身体を離せば、ちょっと怒るような口調になったなまえちゃんが、呆れたと言わんばかりの表情で震えそうな僕の腕を掴む。
「私と、クダリさんの!結婚式です!」
ぐいぐいと窓から離れたなまえちゃんは僕をソファーまで連れてきて座らせる。
「そ、そうだけど、僕がスピーチで噛むかもしれないじゃないか」
おかんむりのなまえちゃんを前に僕は歯切れ悪く答える。
「失敗したっていいですから、大事なとこで噛んじゃうクダリさんだって好きですよ」
「ぼくマナー違反なことしちゃうかも」
「いっぱい練習しましたよ」
「でも、なまえちゃん……」
見上げたなまえちゃんはしあわせそうに笑っていた。
「じゃあ、クダリさんが安心できるまでずっと起きて、練習します?」
なまえちゃんが首を傾げて、それから僕の隣に座る。
「クダリさんが安心できるまで、私も一緒に起きてますから」

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