マリッジブループラネット


一緒に潜り込んだ布団をもぞもぞとなまえさまが出たことには気づいておりました。
わたくしは目を閉じたまま、それを見送りました。
明日。いえ、きっともう、今日。
なまえさまとの結婚式です。
楽しみで眠れない。そんな園児でもないのですから、なまえさまに知られたくなかったのです。
今思えばドキドキと胸を鳴らす高揚した気持ちに隠れるように不安もあったのでしょう。
なまえさまが帰ってきたら、彼女を抱き締めてこの幸福に微睡んでいたい。



……いくらなんでも遅すぎないでしょうか。
お手洗いかとも思ったのですが、すでに1時間経っています。
脇に置いてある時計を見れば、3時を過ぎていた。
なまえさまも眠れなかったのかもしれません、ソファーでお眠りになって風邪を引かれるかもしれません、あわよくば、この不安と高揚を分かち合えるかもしれません。
わたくしは布団を這い出て立ち上がり、なまえさまのいるであろうリビングへ向かいました。
リビングに明かりは点いていない。
「なまえさま……?」
寝惚けていたわたくしは冷たい水を勢い良く掛けられた気分です。どくりと先程とは違う不安がわたくしの心臓を痛めつけてくる。
リビングに彼女の姿はなく、トイレ、いえ、家の中すべての扉を開けましたが彼女の姿は見えませんでした。
どこに行ったのか考えを巡らしながら、二人で選んだ真新しいソファーに座り込んだわたくしは机の上をちらりと見ました。
きらりと何か光沢のあるものが机に置かれていたのです。
嘘だと叫びたくなりましたが、それは、結婚指輪でございました。
「なまえさま!!」
弾かれたように家を飛び出しました。
まさか。

まさか。

いくらなんでもこれは、ドラマでもありえないでしょう。
最初はそんなことを考えていました。
動揺のしすぎで一度裸足で玄関を飛び出し、慌てて靴を履きに戻りました。
しかし走ったおかげか、冷たい空気で浮き足立っていた頭が冷やされたように思います。
そうすると、彼女の様々な違和感を思い出しました。
明日は結婚式だというのに浮かない表情で、時折わたくしに何かを言おうとしては口を閉ざす彼女。
寝る前にわたくしに伸ばされた手。
わたくしはその手を取り逃がしてしまいました。
自分の緊張を、不安を、高揚を、やっとなまえさまと、結ばれるという幸福に涙さえ流してしまいそうなわたくしを知られたくないと。
その事実に、スピードを上げていたわたくしの足は途端に動きを止めました。
「どの面を下げてなまえさまに会えばいいのでしょう」
ぽつりと呟いた言葉は思いの外、自分の身勝手さを表していて言いようのない苛立ちを感じさせました。
とぼとぼと歩くわたくしの背中にぎゅっと暖かさを感じた。
「どこ、いくんですか」
背中でぐすっ、鼻を鳴らす音がした。
「なまえさまですか?」
「はい、なまえです」
ぎゅうっと先程より強く抱きしめられ、背中にはなまえさまの温もりが押しつけられるように感じました。
「どこ、いくんですか」
抱き締める腕が微かな震えている。
「なまえさまが、いらっしゃらなかったので」
探しに行こうかと、続けようとするわたくしの声は出ませんでした。
「私、庭に……いた、ふっ、くぅ……のにぃ」
じんわりと背中が濡れているのに気づきました。汗でしょうか、それともなまえさまの涙でしょうか。
「ノボリさっんの、ひっく、そっいうとこ……くっ、にがてです……」
苦手と言われて言い返す言葉もありません。こうかはばつぐん、ショックを受けてしまいました。
「おいてかないで、ください」
「行きません」
強くなる一方のなまえさまの抱擁を享受していたかったわたくしも聞き捨てなりませんでした。
ぐるりとなまえさまの腕を引っ張り、向き合いました。
「絶対にあなた様の傍に」
「ノボリさっ……」
驚いたように見上げたなまえさまの瞳から涙が溢れるのを見て、愛しさまで溢れ出るようでした。
「なまえさまのことだけを見ておりました、これからも。あなた様こそわたくしを置いていってしまうのでは?」
「な、わ、私今置いてかれたのに……」
「あれはなまえさまがベッドを抜け出して、そんな薄着で外に出ていたからでしょう」
「なななんで今私責められてるの、勝手に勘違いしたのに」
「指輪は、何故、外されたのですか?」
わたくしの指摘に少しだけ涙が引っ込んでいたなまえさまが怯えたような表情をしていました。なまえさまの瞳がキラキラと、涙に覆われていました。わたくしにはそれが宝石のように見えます。
「わたし、ノボリさんの隣に」
「はい」
「いられるか、嫌われないか、不安で」
「いてください、あなたを嫌うことなんてこれから先一生ありません。いいえ、死んでもあなたを愛し続けます」
先程までとは違い、わたくしから彼女の手を引き抱きしめます。細くて、抱きつぶしてしまいそうななまえさまに触れるときのわたくしの不安を彼女は知らないのでしょう。
「重いってば」
泣きそうな彼女は照れ隠しのように顔をわたくしの胸に埋めて、つぶやきました。



「ところでなまえさま、ここがどこか覚えていらっしゃいますか?」
「道の往来」
ライモンシティ、眠らないこの街はこんな深夜も人が存外いらっしゃることを忘れてしまいたい。

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