四畳半の国


四畳半のボロアパート。
ぴりっと例のおしゃれコートを着こなすサブウェイマスターのノボリなんていない。上半身を晒して、パンツ一枚だ。これが現実。はっははは。
「ノボリ、暑い」
「ええ、そうでございますね」
ビールの空き缶が2、3本転がっている。
私はちっさい台所でじゅーじゅーとつまみを準備しながら文句を言えば、平坦な声で返事が返ってくる。
こいつはこれでも高給取りのくせに、まだまともな部屋に住もうと思わないのか。
窓を全開にして、なんとか人の居られる温度を保っているこの部屋にノボリが帰って来ることはほとんどない。帰ってきたとしても寝に帰る程度。
家賃はそれに見合っていると、知っていたとしてもなぜか呼び出される私には文句の一つや二つ言ってもいいだろう。
「大体うちにくればいいじゃん」
そういう間柄なのだから、いっそ私の家を家として扱ってくれた方が楽だ。
「遠いです」
すぱっと即答された。
こいつ……!
「その遠いとこから呼び出された私の身にもなれ」
「そういいながらもいつも来て下さるじゃないですか」
ぷしゅっと後ろから音が聞こえる。
「飲み過ぎ」
「だめですか?」
「べっつにー」
このままいくとノボリも中年太りとかするんだろうか、横目でノボリの腰の辺りを見る。
まだ細いなあ。頬に伝う汗がどうにも鬱陶しくて袖で拭う。
クーラーくらいつけてもいいのに。
ない存在に思いも馳せても仕方ない、パンツ一枚で一人涼しそうなノボリが恨めしい。
「どうしましたあ?」
呂律が怪しくなってきたな、なんて思いながらつまみを持って隣に座る。
「どーぞ」
いつの間にかビールが発泡酒に変わってるとことか、庶民臭いわ。
つまみに手をつけながら私の方に寄り掛かるノボリ。
私もタンクトップ一枚だから、じっとりとベタついた腕同士が引っ付いて気持ちが悪い。
「ノボリ、きもい」
「おや、わたくしは心地よいですよ」
肩に腕が回ってくる、完璧に酔ってるなー。
「お触り厳禁、暑苦しい」
「……なまえ、」
こっちをキリッとした目で見てきたノボリが口を開く。
「前々から貴方はこの部屋をバカにしますけれど、わたくしはこの部屋に必要なものがないなんてことはないと考えているのです」
「はあ、それはまた」
「テレビは辛うじて点きますしそもそもわたくしはあまり見ないのでいりません、冷蔵庫やキッチン類は必要最低限あります」
それはまあ、あるよね。ノボリ自身料理なんてしないから基本最低限あればいいんだろうし。
「冷蔵庫を開ければビールは冷えてありますし、布団に入れば外の温度などあまり関係ありません」
「うーん、わかった。まあ、わかった、つまりノボリにとってはこの部屋は自分にぴったりだと、そう言いたいのよね」
「ええ。しかし、ですね」
「はあ」
「わたくし、たった一つ足りないものがあることに気づいております」
「へえ、何?じゃあやっぱり引越ししなよ」
「なまえでございます」
「……はあ」
「確かに交通の便がいいおかげで電話さえつながればすぐなまえも会いに来てくださいますが、やはり、このわたくしの王国とさえいえるこの部屋にはなまえ、貴女だけが足りないのでございます」
「ほう」
「ですから、少しお待ちくださいまし。もう少ししたなら、貴女に給料三ヶ月分の指輪も白い屋根の大きな家も準備します、ので……」
寝やがった、このやろう。私を下敷きにしてノボリは健やかな眠りにつきやがった。
明日、こんなこと言ったなんて思ってもいないノボリに話してみよう、きっと面白いくらい目を泳がせて、言い繕ってくれる。だからタンクトップ越しに感じる畳のチクチクに我慢してやろうと決めてやった。

―――――――
一周年(笑)
13.12.16

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