ぴっぴかちゅー


バトルサブウェイ七両目。
いつも通りに勝負を終えて、私の隣に座っていたノボリさんが唐突に立ち上がった。いつもはぴしりと姿勢良く座っているから、初めてのことでびくりと驚いてしまった。
「嗚呼、申し訳ありません」
こっちを見て微かに笑ったノボリさんは、少し頭を下げるといつもはあるはずの窓がない奥の運転席へ入っていく。……外されてる?
私はなんとなく付いていけば、ノボリさんは壁に掛かるマイクを持ってそれを口元に近づけた。
「え、」
『本日はバトルサブウェイ、スーパーシングルトレインにご乗車ありがとうございます』
追うようにノボリさんの声が上のスピーカーからも流れる。目を少し伏せて、すらすらと流れるように口を動かすノボリさんが色っぽいから、私は固まってしまった。マイクが息遣いを少し拾っている。
艶やかにさえ感じられる少し低い声が前からも上からも聞こえてくる。なんだこれは天国か。
『全車両でのバトルが終了致しました。三番乗り場に停車いたします、しばらくお待ちください』
いつもは抑揚のない女の人の声なのだが、つい耳に入ってくる。入り込んでくる。
いやほんとにやばいこれ、なんだこれ。ご褒美か。もれなく全車両の全員が聞き入っちゃってるんじゃないのか。
胸の奥がぴりぴりしてくる。
「なまえさま、危ないですのでお座りください」
いつの間にか放送を終えたらしいノボリさんが窓枠越しに声をかけてくる。
「申し訳ありません、前のお客様との戦いの際に強力なかみなりで、放送機器が壊れてしまいまして」
「そうだったんですか」
「ええ、素晴らしいかみなりでした。あそこまで鍛えられたピカチュウはそうはいないと思います」
「そっちじゃないですけど」
真っ先に技の方について喋るのだからさすが廃人ってとこですよね。
「あ、あぁ、ええ放送データのみの破損でしたので今回限りわたくしが務めさせていただいております」
「へえー」
「 次からの運行には整備済みのトレインと交代になりますが」
「あ、じゃあノボリさんの放送ってすごくレアだ」
この一回限りなんてもったいない、あんなにえろ……もとい格好良い放送だったのに。ラッキーだったな、伊達に廃人してないよね。
全車両がノボリさんのアナウンスなら集客率アップするよ。
「そうなりますかね」
「格好良くて驚きましたよ」
その言葉が意外だったのか少しキョトンとしたような表情のノボリさんは、少しだけ笑うと私に座るように促してきた。
「ノボリさん、もっかいだけアナウンスしましょうよ」
「残念ですがお断りいたします。元々表に出るのは苦手ですので」
「……ですよねー」
あの二人が表に出たら、廃人がもっと増殖しててもおかしくない。
「まあこれ以上増えられてたどり着けなくても困るし……いいか」
「どういう意味でしょうか」
「いやいや、なんでもないですよー。それより降りる時にはまたアナウンスしますよね」
「ええ」
「よっし」
録音しよ。
ガッツポーズの私にはてなマークを浮かべるノボリさん。
世の中には知らなくていいこともあるんですよ。
「ではなまえさま、ご乗車ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
私に頭を下げて、マイクの方に向かうノボリさん。
よしよし。
ライブキャスターを出して録音機能を起動する。なかなか目立つ起動音にひやっとする。
『本日はご乗車ありがとうございました。終点のライモンシティに到着いたしました。降車の際はお気をつけください』
「お待ちください、なまえさま」
『お待ちください、なまえさま』
さりげなーく録音を保存して降りようとする私をノボリさんの声が止める。マイクを持ったままなのだろう。上からもノボリさんの声が聞こえてくるが、それ以上に肉声がするりと耳まで届く。
「……な、なんですか」
かつかつと近づいてくるノボリさんが私の手からするりとライブキャスターを奪う。
「あっ」
ボタン一つで消されたデータに小さく悲鳴が出る。
「こんなもの必要ありませんね」
耳元でゆっくりと低い声が発せられ、鼓膜が揺れる。さっきよりもぴりぴりして、びりびりして。冷たいのに熱くなるようなら、挑発するような声色で私の鼓膜を犯していく。
「どうせ明日もいらっしゃるでしょう?」
すっと離れたノボリさん。
「いくらでも好きなだけ、なまえさまの思うがまま」
とんっと電車から押し出されて、黄色い線の上に座り込んだ私。
ついつい唇を突き出して、ため息をついた。

「どうせ明日もいらっしゃいますよーだ」
H26.12.31

戻る


×
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -