白いコンクリートに照り返す真夏の日差しを受けて茹だるような熱気が籠るこの都会のど真ん中で扇風機一台で過ごす自分を我ながら褒めてやりたいと秋は思った。
 夏期講習が8月上旬にやっと終わったかと思えばお盆休みは学校の課題に潰れ、また塾の平常授業が始まる。受験生にとって夏休みは今まで習ってきたことを復習して頭に叩き込み基礎を培う時期なので勉強の時間が無駄だとは思わないが、せめて2、3日くらいはカラオケやらプールやらに出掛けて羽を伸ばしたい。まあ最も、この家のお堅い主がそんなこと許さないだろうけど。
 額から垂れてくる汗を手で拭い、窓から入ってくる熱気を帯びた生ぬるい風のせいでもはや回ってる意味のない扇風機の「強」というボタンを押してから課題に手をつけていると、後ろからのんびりとした声が投げかけられた。

「なあなあ秋ー。遊びに行こうぜー」
「行きたいですねー……しかし貴方の兄上がそんなこと許してくれますかね」
「お前が兄上に直接頼めばいいじゃん。息抜きに遊びに行きたいって」
「……いや、やっぱ家で勉強してます」

 白蓮の単純且つ手っ取り早いアイディアはもともと秋も考えており、一昨日くらいにそれを実行したのだが、返ってきたのは見下すような目と共に放たれた「はあ?」という世界中の威圧感を集めて練り込んだような非常に重く辛辣な一言だけだった。もうあれは経験したくない。心霊番組を見ているわけでもないのに背筋がゾクッとした。まさに悪夢、ソロモンズナイトメアである。
 開かれた真っ白なノートに何を書くわけでもなく指先で弄んでいたシャーペンを一度机に置いて、秋は回転チェアに腰をかけている体をくるりと白蓮の方に向けた。

「白蓮先輩は遊びに行かないんですか?ほら、ご友人や白龍くんなんかと」
「んー……でもやっぱお前がいないとつまんねえじゃん。それだったらお前と家でこうやって話してるほうが楽しいかなーって」

 ただただ純粋で、山奥からこんこんとわき出る清らかな水のように澄みきった笑顔がまだ幼さの残る顔に煌めく。こんな綺麗な笑顔の持ち主なのに、なぜ彼女がいないのだろうかと疑問に思う。
 屈託のない素直な答えになんと返事をして良いのか迷った挙げ句、秋は曖昧な笑みを返してベッドに腰掛けている白蓮の隣に座った。
 ここは秋の恋人である白雄が兄弟と共に暮らしている一軒家で、秋の部屋はその中の一室に拵えられている。白雄はまだ大学生ながらも一流企業との契約が決まっているし、両親も大手企業の社長をしているから、練家は裕福で安定した家庭だ。
 もともとはこの立派な一軒家で家族6人で暮らしていたようだが、両親が仕事で忙しく、殆ど兄弟だけで生活を送っているらしい。そこで真面目で心配性である白雄が、一人暮らしをしている秋に気を遣って一緒に住まないかと誘ってくれたのだ。受験生であるにも関わらず家事に追われて勉強の時間が潰れていた秋にとってそれは嬉しい申し出だった。
 そんなわけで彼らと一緒に暮らしている。練家とは昔から知り合いだったので変な気を遣わず、家族同然のように気楽に過ごせていた。まあその恋人のせいで家に縛り付けられているのだが、一人暮らしだと絶対に怠けてしまうだろうし、勉強を教えて貰えるのも有り難い。

「じゃあさ、スマブラでもやろうぜ。息抜きくらいしておかないと」
「んー、それもいいですね。ちょっと休憩します。先輩の部屋ですよね、本体あるの」
「ああ。ラムネでも飲みながらするか」

 よいしょとベッドから立ち上がり、白蓮は秋に手を差し出してきた。年寄りじゃないんだから一人でも立てるわと思いつつも素直に手を借りる。そこで秋は少し目を丸めた。昔から彼を知っていたはずなのに、しっかりと握り締めてくれる白蓮の手はいつの間にか秋の手を包み込んでしまうほど大きく、そして男らしくなっていた。時間の流れって不思議だな、と思いながら、秋は白蓮に手を引かれて部屋を出た。


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