「"そうはしなはのこ"って、知ってるか?」
本に視線を落としたまま煉獄は言った。そうは……なんだって?聞いたこともない、一回じゃ覚えられない不思議な言葉。一体それがなんだっていうのか。
「なにそれ」
「こわい話だ!聞きたいか?」
「やだ!」
「でもなあ、さっきの言葉を聞いてしまったしなあ」
わざとらしい口調。聞いてしまった、というより聞かされたが正しいような気がする。そう言ったところで、確かにこの耳で聞いてしまった事実は変わらないのだから仕方がない。それに、この人は私が怖い話が苦手なのを知っていてやっている。普段は誰よりも真面目に生きているであろうこの男は時々、妙な意地悪というか悪戯をする。真面目な人間がこういう事をする時が、一番質が悪いのを私は知っているんだからな。
「なんで聞いたら駄目なの?」
「これを聞いた人は、ある事をしなきゃいけないんだ」
「それをしないと、どうなる?」
怖いならば聞かなければいいのに。周りは口をそろえてそういうが、そのままにしておくのも後が怖いのだ。まだ何も聞いていないのに背後に嫌な雰囲気を感じて部屋の壁へぴったりと背中をくっつけた。煉獄は読んでいた本をわざとらしく音を立てて閉じた、と思ったら真っすぐに私を見て言った。
「呪われる、らしい」
顔面蒼白。煉獄の言葉に私は一気に体中の血の気が引いていくのを感じる。呪いってなに。というか、さっきの一言の割に対価が重すぎじゃないか。それに、あの言葉を発した煉獄も呪われるんじゃないのか。私の脳内は煉獄が発した"呪い"という言葉に翻弄され、まるでぐるぐると回転しているような感覚に襲われる。
「呪いって……なにそれ」
聞きたいことは沢山あるのに、絞り出せたのはたった一言。
「さあ、俺もよくは知らないんだ」
「知らないって……!ちょっと無責任じゃない?!」
思わず涙目になる。呪いなんて、きっと嘘に違いない。でも、なんか煉獄のいう事が本当に思えてきて怖いんだ。煉獄は落ち着けと言って私の頭を撫でるが、そんな事されたって呪われちゃうかもしれない私の気持ちは全然休まらないんだ!
「まあまあ、そう怒るな。解く方法は効いている。目を閉じて、ゆっくり俺の言う事を聞けばいい」
「……わかった」
「ゆっくり、さっきの言葉を言ってみてくれ」
「そう、なんだっけ」
「そうはしなはのこ」
「そうはしなはのこ。で?」
「それを逆さまにすると、呪いは解けると聞いている」
「逆さま、逆さまに……」
このはなし……
「あっ!」
分かったと同時に、煉獄が大笑いしたので私は本気で怒ってもいいらしい。