紙とペンの擦れる音が心地いいと思うようになったのはいつからだっただろうか。すっかり止まった自分の指先を見つめながら考えていた。課題のレポートを手書きしてこいと言い出したのは、歴史を重んじる教授であった。四方八方から非難の声が上がったにも関わらず、そんな声など聞こえもしないと言わんばかりの顔で教室から出て行った。パソコンであらかた固めてあったネタを文章に起こすだけの作業とはいえど、骨が折れる。レポート用紙半分と少しに埋まった自分の字がだんだんミミズのようになっているのがその証拠であった。そうこうしている間も向かいからペンが走り続ける音がする。このカリカリという音は彼が使っている万年筆が立てる、独特の音だ。私は100均で買ったゲルインクの安いボールペンで十分ではないかと思っているが、彼は何を書く時も万年筆を愛用していた。変わった男だと思ったが、彼なりに手書きを重んじる教授と同じような感覚なのかもしれない。
つむじばかり見ていても退屈になり目を閉じた。向かいでは目を閉じたことに気が付いていないのだろう、変わらぬスピードでペンは走る。規則正しい音色に段々と眠気が襲ってきた。さすがに寝るのはよくないだろうと抗う気持ちも芽生えたが、瞼を持ち上げるほどの力はなかった。昨夜見た夢の出来事や、さっき食べた売れ残ったあんぱんの事など、どうでもよい情報が頭の中で入り混じった。現実と夢の境があいまいになり始めたところで、名前を呼ばれた。

「すず乃」
「はい」
「寝ていただろう」
「うん、まあ、ギリギリ」

返事の時点では開かなかった瞼をやっと持ち上げると、そこにつむじはなく杏寿郎の大きな目があった。ペンはもう止まっていた。子守歌がないのだから眠気は段々とさえていくけれど、ペンを持つ気にはならなかった。机の上に雑に投げ出されたレポート用紙を見た。文字の代わりにしわが寄っていた。それを伸ばしながら杏寿郎の方を見直した。どうやらおおよそ書き終えたようで、レポート用紙の角をそろえていた。ペンは机に置かれている。黒い軸に金色の装飾、なんの模様か分からないが、ペンに這うようにしてぴかぴかと、綺麗に光っている。

「それ、綺麗だね」
「母から譲り受けたものだ」

そう言って優しくペンを撫でた。目を細め、愛しいしかない顔をしてペンを見ていた。咄嗟にいいな、と思った自分がいた。優しく撫でられてみたいと思ったし、目を細めて、愛しいと顔に書いて見て欲しいと思った。


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