「あ」
指の先からじわりと滲む赤色が、爪の横を伝って広がっていく。ささくれを引っ張ったら血が出るって分かってるのに、ついやってしまうのは癖なのだろうか。そんな風に思って隣の彼を見れば、小言を言いたくて仕方のない顔をしている。そういえば、先週もささくれを剥くなと怒られたばかりな事を思い出した。
「不可抗力」
「自分で剥いただろう」
「見てたなら止めてよ。こんなぴろぴろしてたら、誰だって剥きたくなるって」
ならない。ぴしゃりと言われてしまった。確かに彼の指にはささくれなんて存在していなくて、女の私よりも遥かに綺麗な指をしている。いいな。形のいびつな自分の爪を見て少しばかりがっかりする。義勇は爪だけじゃなくて顔だって綺麗だ。性格は頑固なところがあって、そのせいで少し周りから誤解されることもあるけど、私は義勇の良いところを沢山知っている。恋人になる前から知っていたけど、恋人になってからはもっと知ったと思う。それと、懐に入れた人間にはうんとあまい事も。
「ほら、早く見せてみろ」
ぶっきらぼうな言い方。だけどそれが愛情の裏返しな事も。義勇を見ると、いつの間にか用意していた消毒液とばんそうこうを持っている。義勇はやっぱりとびきりに優しい。
「じっとして」
大きな手が私の指をそっとつかむ。伏し目がちな顔。長い睫毛。薄い瞼。血色のいい唇。
「ありがとう」
「礼を言うならもう剥くな」
「キスしていい?」
思わず出た言葉。義勇はあからさまに慌てていた。ああもう、愛しいなあ。